11.悪役令嬢は感銘を受ける
「ハーランド王国をはじめ、バーリ王国、アラカネル連合王国と少数民族の集まりに過ぎなかった勢力が母体を大きくしていく中で、聖女の補佐役が生まれます。教会は、独自に『聖女』という称号をつくり、以前の呼称は補佐役へ引き継がれました」
「称号としての歴史は、アプリオリのほうが長いのですね」
「正にその通りです。聖女の称号が台頭して久しく、過去の称号だったことは忘れ去られつつありますが、アプリオリという称号が持つ重みを、与えられた側は自覚するべきでしょう。教会関係者以外が得られる、最上の称号とも言えますからね」
「はい、しかと胸に刻みます。とても勉強になりました」
リリスも一緒になって目を輝かせ、しきりに頷いている。
「さすがお姉様です。自分の知識の浅さを恥じるばかりです。エリザベス様は、どこで学ばれたのですか?」
一般教養では得られない知識だった。
クラウディアも気になっていたところだ。
「わたくしは歴史に傾倒していた時期があり、サンセット侯爵家の伝手で教会が保存する歴史書を拝読する機会に恵まれたのです」
王妃が子どもの頃、兄のパトリックと修道院である古城で遊んでいたことを思いだす。
貴族は教養として教会から教えを請うが、サンセット侯爵家は特に懇意のようだ。
加えて、最近アプリオリについて調べ直したところだったとエリザベスは語る。
「サンセット侯爵家の先祖に、予言の力を持った者がいたと言い伝えられているのは、クラウディアも知るところでしょう」
エリザベスの夫であるパトリックはその力を求め、黒魔術にまで手を出したのは記憶に新しい。そこで生け贄にされそうになったエリザベスを、クラウディアはシルヴェスターと共に助けたのだ。
「女性であったことから、彼女は聖女の前身であるアプリオリであったのではないかと思い至ったのです」
当時の影響力を考えると、頷ける話だった。
「パトリック様の件で、サンセット侯爵家は痛手を負いました。わたくしの弟にとっては、チャンスを得られたわけですが」
実家が力を得るのはエリザベスにとっても嬉しい話のはずだが、子どもの頃からパトリックを慕ってきた彼女の心境は複雑だった。
ただ息子のことを考えると、本家にも力を持っていてもらいたい。
「そこで改めて予言の力を持った女性を、聖女に認定してもらえないかと考えたのです」
教会が見逃していた人を、没後に聖女認定する事例はあった。
今でこそ大陸全土から情報を集められる教会だが、昔は違った。
伝わる情報の精度が悪かったこともあり、聖女の称号ができる以前については、後々から認定された者がほとんどだ。
新たに認定をもらえれば、サンセット侯爵家は箔が付く。しかもエリザベスに至っては、外見の特徴が先祖返りしていた。たとえ実家が血筋の正統性を訴えても、一番のキーパーソンはエリザベスになるのがミソだった。
放置しておくには惜しいのも道理だろう。
けれどエリザベスの顔は陰る。
「浅はかでしょう? 無体に扱った者を、死後も利用しようというのですから」
これでは墓を暴いたパトリックと変わらないと気付いたのだという。
「カルロ司祭を交えて当主様とも相談し、教会への申請は取りやめました」
「ご英断をされたのですね」
「息子には前を向いていてほしいですからね」
今でも跡継ぎの正当性は十分ある。
後ろめたさが、ふとしたときに息子の足を引っ張るのをエリザベスは避けたかった。
「エリザベス様がいる以上に心強いことはありませんわ」
「カルロ司祭にも同じことを言われたわ。司祭様とは二人とも面識がありますね。造詣の深い方ですから、興味があるなら訪ねてみなさい。喜ばれますよ」
コアラに似た優しい面持ちが頭に浮かんだ。
クラウディアはお妃教育で修道院に滞在する際、お世話になっていた。
司祭がリンジー公爵家の屋敷を訪ねた折、リリスとも対談している。
(勉強も兼ねて、ご挨拶に伺うのもいいわね)
ちょうどお妃教育も延期になり、予定が空いたところだ。
会話が一段落したのを見て、ヘレンが用意していたお茶を差し出す。
カップを手にし、飲みやすい温度なのを確認したエリザベスは、そのまま喉を潤した。
「有能な侍女だわ」
「ありがとうございます」
ヘレンに代わって、クラウディアが礼を伝える。嫌みなく認められたのが嬉しくて、自然と頬が緩んだ。稀にエリザベスは抱いた感想をそのまま吐露するのだ。
目を細めてクラウディアを眺めながら、エリザベスはカップを置く。
「あなたたちのようなら、文句の付け所はないのでしょうけれど」
「どうかされたのですか?」
「バーリ王国では、レステーア嬢が補佐役に任命されたそうよ」
予想していなかった人選に、クラウディアは目を見張る。
(ここでレステーアの名前が出てくるなんて)
クラウディアを至高と仰ぎ、ハーランド王国に首輪を着けられているレステーアが、男装の麗人であることは広く知れ渡っている。
保守的な教会が選ぶのは意外だった。
「これも時代かしら? わたくしたちの代なら、考えられなかったことです。聖女の滞在後は、補佐役が国民の拠り所となる存在だというのに」
令嬢たちの間では、どちらかというと羨望の眼差しを向けられるレステーアだが、親世代からは顔を顰められた。あれでは嫁の貰い手がないだろうと、口さがない評価を耳にする。
演者でもない者が男装することが信じられないのだ。
教会の歴史を学んだエリザベスは、先祖のこともあってアプリオリに思い入れがあった。
「お人柄は申し分ない方ですから」
と一応フォローしておくものの、真っ赤な嘘である。
あれだけ人格に問題のある――狂信的な――人間をクラウディアは知らない。
三人のお茶会は、空が茜色に染まるまで続いた。




