10.悪役令嬢は祝福される
シルヴェスターと考えをまとめ、屋敷へ戻る頃には昼過ぎになっていた。
自室で軽く昼食を取り、人心地ついていると来訪が知らされる。
エントランスへ向かえば、長い髪をゆるくまとめたリリスが先に着いていた。
二人で並び、もふもふの外套に包まれたエリザベスを迎える。
まだ明るい時間だが、日差しだけでは寒さをしのげなくなっていた。
外套を預けたエリザベスがリリスに招待のお礼を告げると、心なしかリリスの表情が引き締まる。それでも笑顔は絶やさない。
「パトリック夫人のご訪問を嬉しく思います」
先日とは違い、今日はリリスの指導がメインになっている。
公爵夫人としての心構えや、面倒な相手への対処法などを学ぶのだ。今後はエリザベスの友人も呼んでおこなわれる予定である。
(ほとんどはお茶をする名目でしょうけど)
貴族といえども、常に気を張っているわけではない。
それが理想ではある。あるけれど、実現性は低い。理想に近付くためには、息抜きが必要不可欠だった。
課題をクリアしたリリスの次に、エリザベスはクラウディアと目を合わせてにこりと笑う。傍には、リボンでラッピングされた箱を携えた侍女がいた。
そこへ、リリスが加わる。
「おめでとう、クラウディア。教会から聖女の補佐役に任命されたことを祝して、わたくしとリリスからささやかな贈り物です」
「おめでとうございます、クラウディアさん」
教会からクラウディアが呼ばれることについて、いち早く教えてくれたのがエリザベスだった。
今朝のことも知っていておかしくはないけれど、まさか祝ってもらえるとは。
「ありがとうございます……っ」
頬から目尻にかけて驚きと熱が同時に駆け上がる。
母親代わりとなった二人の女性。
リリスの奮闘を、エリザベスの波乱をクラウディアは知っていた。
それぞれ立場は違うけれど、二人で一つの贈り物をしてくれる姿に、胸がいっぱいになる。
このときばかりは、エリザベスの嫌みも鳴りを潜めていた。
視界の端で、侍女長のマーサが頭を下げる。
気付けば執事たちも集まっていた。事前に祝いの場を打ち合わせてくれていたようだ。
ふと、大きな気配を感じて、顔を向ける。
見上げた先には、自分と同じ青い瞳があった。
優しく細められた目の上を、クセのない黒髪がさらりと通り過ぎていく。
「ディー、おめでとう。これは俺からだ」
「お兄様っ、ありがとうございます!」
てっきり、まだ王城にいると思っていた。
クラウディアが補佐役に任命されたのはよしとして、同時に難民という大きな課題も持ち上がっている。王家直轄領に限った話ではなく、受け入れがはじまれば各領主の元へ振り分けられる予定だった。
支援対策など議会の紛糾は避けられず、父親とヴァージルもそのための準備に追われていた。
手の平サイズのプレゼントを受け取りながらも、訊ねずにはいられない。
「お仕事はよろしいのですか?」
「ディーの祝いの席だからな。父上を残して、少しだけ抜けさせてもらった」
屋敷に置いてある資料も必要だったので、ちょうど良かったとのこと。
「今だけはディーのことに集中させてくれ」
これからのことを考えると苦労が偲ばれた。ヴァージルからのハグを受け、クラウディアも兄の大きな背中へ腕を回した。
明日からは禊ぎのため、こうして労ることもできなくなる。
(でも今だけは)
ヴァージルの言葉を復唱しながら、温もり溢れる一時に浸っていたかった。
◆◆◆◆◆◆
王城へ戻るヴァージルを見送り、折角だからとリリスとエリザベスの三人でお茶をすることになった。早くも指導は横に置かれている。
「そろそろ領地へ帰る頃合いでしょうに、ヴァージルも気苦労が絶えないわね」
すっかりリンジー公爵家に慣れたエリザベスは、ヴァージルも呼び捨てである。
毎年、社交界のオフシーズンに合わせて貴族たちは領地へ帰る。
しかしこの分では、どの家も帰省時期がズレ込みそうだった。
「わたくしどもの領地は、豪雪地帯でないのが幸いですわ」
王都が国の中央部にあるのに対し、リンジー公爵領はやや北部にあった。北の沿岸部との間には山脈があり、山が北風を防いでくれるおかげで真冬でも積雪量は少ない。
「最北部の方々は、既に帰っているか、諦めているかのどちらかでしょうね」
とエリザベスが請け負う。
主な街道は雪かきがおこなわれるとはいえ、冬の最北部で長旅はできない。雪が積もる前に帰れなければ、帰省を断念するしかなかった。
自然と話題は補佐役へ移っていく。
「制約があるにしても補佐役に任命されるのは、教義に準ずる者として誉れです。誇りなさい」
「はい、ありがとうございます」
「クラウディアは『アプリオリ』という言葉の由来をご存じかしら?」
「お恥ずかしながら、聖女の補佐役としか存じ上げておりません」
事前に言葉の意味までは調べていたものの、エリザベスが喋りたそうだったので花を持たせる。また教会に関する知見に信頼があった。
エリザベスが口を開くのに合わせ、視界の端ではヘレンが新しいお茶の準備を進める。
「言葉の意味としては既に認識していて覆らない事柄が当てはまります。空間や時間の概念などがそうですね。『前提』とも言い換えられますが、覆らないことが絶対条件です」
既にある知識と照らし合わせながら頷く。
続く内容は、クラウディアも初耳だった。
「補佐役に与えられる称号としては、大仰な感じがするでしょう。元々アプリオリは、聖女に与えられていた称号なのです。先を知る者、人々の導き手として絶対的な存在であることを現していました」
転機は、大国が生まれはじめた頃だという。




