03.悪役令嬢は意気込む
エリザベスは、将来生まれる子どもの乳母をヘレンに任せろというのだ。そしてヘレンの子が、我が子の親友にでもなれば、これほど嬉しいことはない。
「わたくしも結婚当初はあれこれと夢見たものよ。実現はしませんでしたけどね」
エリザベスと王妃はいとこなのもあって、昔から仲が良かった。自分が彼女の立場でも、王妃の子供の乳母になりたいと望んだだろう。
現実は、二人が同時期に懐妊することは叶わなかったが。
「これもきまぐれな神様のお導きでしょう。可能性が低いからといって諦めることもないわ。リンジー公爵家が後ろ盾になれば、ヘレンを娶りたいという貴族は後を絶たないでしょう」
たとえ平民であっても、貴族の養女となれば戸籍上の体裁は整い、貴族とも結婚できる。
社交界へ出れば、元の生まれがどうしても足を引っ張ってしまうが、ヘレンは元伯爵令嬢だ。当時の友人たちとも未だ交流があり、孤立する心配もない。
それがなくともリンジー公爵家の後ろ盾さえあれば文句を言える者など限られる。公爵家の権威は伊達ではないのだ。
エリザベスが推すのも納得だった。
ヘレンのパートナーが貴族に限った話ではあるけれど。
「はい、前向きに検討いたします」
余計なことを言って、エリザベスの機嫌を損ねることもない。
にこりとクラウディアは肯定する。
結局のところ、クラウディアにとっては、ヘレンの幸せが何よりも大切だった。
クラウディアの笑みに何か記憶が引っ張られたようで、ああ、とエリザベスが声を漏らす。
「話は変わるけれど、久しぶりに教会が聖女を認定するらしいわ」
「百年に一度あるかないかという?」
以前、リリスとエリザベスの三人でお茶会をしたときのことが蘇る。
聖女に認定されるなら、リリスのような人だろうと漠然と思ったものだ。
「もしかしたらクラウディアにお呼びがかかるかもしれないわね」
エリザベスの言葉に食い付いたのはリリスだった。
「クラウディアさんが聖女に!?」
「落ち着きなさい、早合点は淑女にあるまじき行為ですよ。教会が修道者以外から聖女を選ぶわけがないでしょう」
「あ……そうですね、すみません」
考えればわかることを指摘され、リリスは肩を落とす。
「だからといって無意味に呼び出すこともないでしょうから、クラウディアは心の準備をしておきなさい」
「はい、前もって情報をいただき、ありがとうございます」
さすがエリザベスというべきか。
王妃とパイプがある分、情報を入手する早さが違った。もしかしたら教会にも個人的な伝手があるのかもしれない。
これまでの情報提供者はシルヴェスターを含め、男性だけだった。それぞれの立場から入手しやすい情報は異なる。ここへ新たにエリザベスを加わったことは、素直に有り難かった。
着実に前へ進んでいる手応えがある。
学生時代は令嬢たちとしか交流がなかった。
今では夫人を筆頭に、身分ある大人たちと会話する機会が増えている。
細々とした葛藤や試練はあっても、クラウディアの日々は順調に過ぎていた。
リリスとエリザベスが辞すと、侍女たちによってマットが片付けられる。
改めてクラウディアは、ヘレンと向き合うことにした。
エリザベスの提言については、話し合っておくほうがいいだろうと、ヘレンへ着席を促す。
「ヘレンの結婚の話が出たけれど、わたくしが求めるのはヘレンの幸せだけよ」
焦らなくていい、と言外に告げる。
ヘレンが結婚したいときにするべきだと。
クラウディアの気持ちは伝わっているようで、ヘレンは微笑みを浮かべた。
「はい、クラウディア様のお考えは理解しております。ただ……パトリック夫人のお話を聞いて、わたしにも欲が出てきました」
「あら、ヘレンの欲なら大歓迎よ?」
クラウディアに関することしか言わないヘレンが望むもの、となれば、むしろ気になって仕方がない。
ヘレンは居住まいを正すと、真剣な目でクラウディアを見つめた。
深いアメジストの瞳に吸い込まれそうになる。彼女の思いの強さを現すが如く、何重にも色が重なっていた。
「将来、クラウディア様がお子を授かった際には、わたしが乳母になりたいです」
「ヘレン……」
同じ気持ちを抱いてくれていることに胸が熱くなる。
逆行前から今に至るまで、ずっとずっとヘレンは、クラウディアを慈しみ、愛してくれていた。クラウディア自身、血より強い繋がりを感じている。それを改めて実感して思いがこみ上げてくる。
クラウディアの答えは決まっていた。
「もちろん、わたくしのほうからお願いしたいわ。といってもタイミングが合うとは限らないけれど」
子どもは授かりものだ。予定通りというわけにはいかない。
王妃とエリザベスの例もある。
こればかりは、きまぐれな神様に願うばかりだ。
「はい、わたしも、まずは相手を見付けないとはじまりません」
ヘレンと笑い合う。
幸せがあった。温かい空気が優しく二人を包む。
「どうしましょう、クラウディア様しか見て来なかったので、どこからはじめたらいいのか」
「ふふ、これからが楽しみだわ」
両頬に手を当てて悩む姿が既に可愛らしかった。
エバンズ商会のブライアンについても訊いてみたかったけれど、ヘレンから話があるまでは待つことにする。
「お父様にも話を通しておくわね」
「よろしくお願いいたします。わたしも両親と話し合っておきます」
ヘレンが乳母を見据えているなら、結婚相手は貴族に限られる。
すぐにまとまる話でなくとも、体裁を整えるには、各方面への根回しが必要だった。
「サポートはわたくしに任せて!」
「何だかドキドキしてきました」
正にこの瞬間、ヘレンは新たな一歩を踏み出そうとしていた。




