28.悪役令嬢はやっぱり王太子殿下が怖い
自己紹介が済めば、これで初日は終わりだ。
しかし教師に呼ばれ、クラウディアを含めた最後列の四人は生徒会室へ赴くことになった。
そこでもシルヴェスターは、クラウディアをエスコートしようとする。
「シルヴェスター様、学園では他の婚約者候補とも同席する機会があると思います。わたくしばかりエスコートを受けては角が立ちませんか?」
「ここは素直に受けて、他を牽制するところじゃないか? 心配しなくとも、同席する場面では誰の手も取らない」
やんわり断るクラウディアに対し、シルヴェスターは引かなかった。
移動のたびにエスコートするつもりかと、シルヴェスターを見上げながら小首を傾げる。その意味がわからない彼ではない。
「嬉しくないか?」
「嬉しいですけど……」
どうせ自分の反応を楽しみたいだけかと思うと、面白くはなかった。
俯きながらシルヴェスターの袖を引っ張る。
あざとい仕草は、クラウディアにだってできた。
「シルヴェスター様のことですから、わたくしがいないときは平等に他の方をエスコートなさるのでしょう? でしたら、わたくしもされないほうがいいですわ」
声に甘く嫉妬を滲ませれば、シルヴェスターは穏やかに笑う。
「私がクラウディアに触れたいのだが」
「そして他のご令嬢にもお触りになるの?」
「その言い方は語弊があるな。わかった、これについては諦めよう」
(よし、勝った!)
言い分が通って、クラウディアは喜ぶ。
しかしシルヴェスターの表情を見た途端、背筋が凍った。
(お、怒るほどのこと……?)
シルヴェスターは穏やかに笑うばかりだ。
けれど、そこに感情はない。
ない、はずなのに。
いつもは読めない表情に、怒りを感じた。
戦くクラウディアへ、シルヴェスターが顔を近づけ、囁く。
「妹君は、君からあざとさを学んだのかな?」
(ひぃいいいっ)
バレている。
フェルミナのあざとさも。
クラウディアの手管も。
そう……これで、たくさんの客を楽しませてきた。
にもかかわらず、不機嫌になったシルヴェスターに冷や汗が流れる。
(え、あれ? ちょっと待って……)
何かが引っかかった。
あざとさがいけなかったのかと思ったけれど、違う気がする。
シルヴェスターは、クラウディアからフェルミナが学んだのか訊いてきた。
それだけ目にする機会があったのか、ということだ。
事実は違う。
クラウディアの手管は娼婦時代に学んだもので、フェルミナに技術を盗まれるほど屋敷では見せていない。
けれどもし、今のクラウディアが多くの男性と経験を積み、学んだと勘違いされたのなら?
シルヴェスターは純粋に、他の男性にもしていたら嫌だと嫉妬してくれたのだろうか。
(流石に深読みし過ぎかしら)
単にあざとさが気に食わなかったと言われても、納得できる話だ。
シルヴェスターはそういった不満も口に出さないから、わかりにくいだけで。
ただ……本当に嫉妬なら、嬉しいと感じてしまう自分がいる。
それだけ親しみを持ってくれていることに他ならないから。
ふわりと空気が揺れ、銀髪が遠のく。
何事もなかったかのように歩き出すシルヴェスターを見送る。
広くなった背中に、いつか見たビスクドールのような可憐さはない。
制服は男女それぞれ同じデザインにもかかわらず、彼の後ろ姿には風格があった。
機嫌を損ねただけではない近寄りがたさを感じ、少し遅れて歩く。
そして何気なく窓越しに下位クラスの教室を見て、一瞬鼓動が跳ねた。
娼婦時代に見知った顔があったからだ。
(彼も学園にいたのね……)
その人物の要領の良さを考えると、上位クラスでも不思議ではない。
下位クラスに留まっている理由に思いを馳せる。
思考の海に沈みそうになったとき、暢気な声が廊下に響いた。
「お姉様だけじゃなく、あたしも生徒会役員に選ばれるなんて光栄ですっ」
満面の笑みを浮かべながら、フェルミナが言い放つ。
四人が生徒会室へ呼ばれた理由がそれだった。
空気を変えるような明るい声に、クラウディアはほっと息を吐く。
思考は途切れたものの、若干張り詰めていた空気が和んだからだ。
今だけはフェルミナに救われた気がした。
「フェルミナさんも頑張っていたもの、当然よ」
「えへへ、ありがとうございます」
あくまでクラウディアを慕っているように見せたいらしく、フェルミナは照れる。
なら冷めた目も隠しなさいよ、とクラウディアは目だけ笑っていないフェルミナに気付いたけれど、指摘はしなかった。




