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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第六章

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15.悪役令嬢は修道者になる

 朝になると、先輩の女性修道者が水差しを持って様子を見に来てくれた。

 昨晩のあらましを聞いたという。


「入居日に髪の長い女の霊を見るなんて、散々でしたね。夜は眠れましたか?」

「はい。二人部屋にして良かったと、つくづく思いました」


 長距離移動をした疲れもあって、あのあとはヘレンと二人、同じベッドで眠った。

 おかげで怖さも薄れ、朝日を見たときには、夜のことが全て夢のように感じられたほどだ。


「正直、幽霊の件はわたしどもも持て余しているんです。司祭様と一緒にお祈りをしてみても、結果はご存じの通りで。害がないことだけが不幸中の幸いです」


 ただそこにいるだけなので、黙認されていた。


「修道者の中でも信じる者、信じない者、半々といったところです。こうして目撃情報がある以上、いないとは言い切れないんですけど」

「何かの見間違いという線は、捨てきれませんものね」

「そうなんです。幽霊の正体見たり枯れ尾花、という言葉もありますから」


 疑心暗鬼になるあまり、現実を誤認してしまうことは少なくない。

 時に人は、見たいものだけを見る。

 クラウディアもヘレンも、護衛騎士も、修道院にまつわる幽霊話は知っていた。

 逆に知っていることで、違うものを見ても、そうだと決めつけてしまう場合がある。


(案外、人の認識って信用ならないのよね)


 カーテンのかすかな揺れを外からの風が原因だと思い、窓が開いていると早とちりしたり。

 あとからヘレンが窓を開けて驚いた覚えがある。

 自分の中では、窓は開いている認識だったから。


「ですが、先ほども言った通り、害はありません。その点は安心してお過ごしいただけたら幸いです」

「はい、必要以上に怖がらず、修道院の生活に集中したいと思いますわ」

「ふふっ、慣れないことが多いでしょうから、意識せずとも慌ただしく時間が過ぎていきますよ」


 教会から支給されるローブを受け取り、シャツの上から被る。

 クラウディアは、髪をまとめてポニーテールにし、ヘレンは、いつも通りだ。

 身支度が済んだら軽く自室の掃除をし、朝食のために食堂へ移動するところからクラウディアたちの一日ははじまった。

 食事は、朝と晩の一日二食。

 料理は一週間ごとの当番制で、一日だけクラウディアとヘレンも手伝わせてもらう。


「朝食が済んだら、皆で広間へ移動してお祈りをします」


 広間には司祭が立つ教壇と、長椅子が並べられていた。

 礼拝堂として使われているという。


(昔はここでパーティーなどが開催されていたのでしょうね)


 馴染みのある造りに、着飾った紳士淑女がダンスを踊る光景が浮かぶ。

 今は落ち着いた空気の中、時折、鳥のさえずりが聞こえるだけだ。

 窓から入る陽光が、石造りの壁や床を静かに照らす。

 壇上に立つ司祭の合図で、お祈りがはじまった。

 集まった修道者たちは全員着席し、目を閉じて胸元で手を組む。

 司祭の柔らかい声が聖書の一節を読み終えるまで、その時間は続いた。

 続けて、司祭が一日の教えを説く。


「新たな仲間を迎え、浮き足立つ者もいるでしょう。出会いとは、嬉しいものです。ですが私たちが積み重ねる一日一日が尊く、価値のあるものだと忘れないでください。何もない日常が、平和の証であることを。つまらない日常が、富の証であることを」


 余裕があるから暇を感じられる。

 肝試しに行こう、なんて発想が生まれる。

 けれど、貧しく、食べるのにも困る日々だったらどうだろう。

 司祭の言葉に耳を傾け、想像する。

 貧民街に「暇」なんてない事実に思いを馳せる。


(司祭様のおっしゃる通り、鈍感になってはいけないわ)


 恵まれているからこそ、こうして考える余裕があるからこそ、忘れてはならないことがある。

 司祭の話が終わると先輩修道者に声をかけられ、ヘレンと二人、庭へ案内された。

 元は広い庭園だったのだろう。

 ところどころに残っている生垣が面影を窺わせた。

 見上げる青空の中に、何本かロープが渡っている。

 視線を下げれば、日常生活ではげた芝生が広がり、その上に大きな桶が三個並んでいた。


「ここが洗濯場です。大きいリネン類は週に一度、他は天気が良い限り毎日洗います」


 混ざって困るものは、皆、刺繍で名前を入れているという。

 肌着だけは自分で洗う人も多いとか。


「水は傍の井戸から汲んで、使用後はできるだけ排水溝へ流します。このあたりは皆、大雑把だけど」


 よく見れば生垣に沿って側溝があり、ところどころ格子状の蓋がついた排水溝が設置されていた。

 一番近くの排水溝周りは土がむき出しになっていて、大雑把という言葉がよくわかる。排水溝の手前で水を流すから、芝が根付かないのだ。


「クラウディアさんとヘレンさんには、干すのを手伝っていただきますね」

「わかりました」


 先ほど見たロープは、洗濯物を干すために張り出されたものだった。

 端の片方は古城の窓、もう片方は庭にある木にくくりつけられている。

 取り入れるときは、木のほうにある結びを解き、窓からまとめて洗濯物を入れるという寸法だった。


「だいぶ気を遣われているわね」

「クラウディア様の手を荒らさせるわけにはいきませんから」


 洗う段階が終わるまでは見学を言い渡された。

 極力、水仕事をしないよう手配されているのが伝わってくる。

 クラウディアたちの言葉に、先輩修道者が口を開く。


「手順を知っていてくださるだけでも十分です。それに本で読むより、こうして現場を見るほうが記憶に残るでしょう?」


 令嬢として暮らしていれば、知らないまま終わる。

 修道者の心がけはもちろん、日常の裏でおこなわれている一面を知ることが、この二週間で大切なことだった。

 先輩修道者のあかぎれだらけの手を目に焼き付ける。

 これからの季節、水を使うのはもっと辛くなるはずだ。

 井戸から汲んだ水が桶に張られ、数枚の洗濯物が入られていく。

 洗濯には石けんと洗濯板が用いられていた。


「生地の素材によっては、手でもみ洗いします」


 ところどころヘレンも補足してくれる。

 手順はリンジー公爵家の屋敷と大きく変わらないとのこと。


「今日はシーツなどの大きなリネン類がないので、干すのも楽なほうですよ。わたしはちょっと残念ですけど」

「あら、どうして?」

「シーツは手洗いだと間に合わないので、足を使って踏み洗いをするんです。それを最後はロープに吊すんですが、視界いっぱいにシーツが広がる光景は、洗濯が終わった満足感と相まって清々しいんですよ」


 目の前で笑顔がキラキラと弾ける。

 ヘレンも、元は貴族令嬢だった。

 没落し、母親と二人で家事をしていた時期もあったのは聞いている。

 だとしても、こんな風に楽しめるものなのだろうか。

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