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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第六章

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10.悪役令嬢は潜伏する

 本日のお妃教育が終わり、授業用にあてがわれた王城の部屋を出る。

 正式に婚約者だと発表されてからは、外交面での知識を強化されていた。

 門外不出の資料も多いため、最近では登城する機会が増えている。だからといってシルヴェスターに会えるわけではないのが、寂しいところだ。

 廊下の窓から外を眺めれば、空には茜色とうろこ雲が広がっていた。

 涼やかな風が黒髪を揺らしていく。


(目新しいことといえば、滞在先の修道院が決まったことかしら)


 お妃教育の一つに、修道院での二週間の滞在があった。

 そのときばかりは身分を忘れ、修道者と同じ生活をするのが習わしだ。

 クラウディアも例に漏れず慣例に従うのだが、指定されたのは王都郊外の修道院だった。


(王都にも修道院はあるというのに、ね)


 一番規模も大きく有名なのは、大聖堂に併設された修道院だ。

 王妃はそこで二週間過ごしたと聞いている。

 滞在地については明文化されていないが、大聖堂併設の修道院か、自領の馴染みのある修道院か、このどちらかが常だった。

 クラウディアには当てはまらない。


(誰かの意図が透けてみえるわね……噂をすれば)


 視線の先に、休憩所が映る。

 王城には東屋を模した休憩所が随所に設置されていた。

 城は広い。

 歩き疲れたとき、思いがけず知人に会ったときなど、気軽に利用できるよう休憩所は開放されている。

 利用者の多くは女性だ。コルセットを用いたドレスを着ていればさもありなん。

 ベージュの瞳と目が合い、挨拶を交わす。


「ごきげんよう、パトリック夫人」

「ごきげんよう、リンジー公爵令嬢。お妃教育の帰りかしら?」

「はい、屋敷へ戻るところですわ」


 休憩所には、パトリック夫人の他にもお茶会で見かけた夫人たち三人の姿があった。


(わたくしが通るのをわざわざ待っていたなら、ご苦労なことね)


 王妃とのお茶会の帰りである可能性も捨てきれないが、だったらもっと庭園やエントランスに近い休憩所を利用するはずである。

 授業のために用意された部屋は、文官の研修にも使われる。

 普段なら夫人たちの足が向かない場所にあった。


(暇なのかしら?)


 ついそんなことを考えてしまうのは、お妃教育の他にも仕事を抱えているせいだろうか。

 嬉しい悲鳴だが、最近アラカネル連合王国にある商館が品薄状態だった。

 クラウディアの評判が評判を呼んだのもあるが、その場で商品である特産品の使用用途を示すやり方があたっていた。

 隣接するレストランでも提供しているワインは軒並み完売している。

 ただいつまでも棚を空にしておくのは勿体ない。

 何か活用できれば、と時間ができるたびに思案に暮れている状況だ。

 どこか楽しそうなパトリック夫人の姿が少し羨ましく感じる。


「そろそろ滞在する修道院が決まる頃ではないかしら?」

「おっしゃる通り、滞在先が決まりましたわ」


 どうせ訊かれるのはわかっていたので、次いで場所を伝える。

 まあ! と扇を広げて驚くパトリック夫人は、わざとらしかった。


「よりにもよってあそこへ? 良い噂を聞きませんのに……」


 一緒にいた三人の夫人たちも便乗して口を開く。


「お気の毒ですわ。夜な夜な生け贄を求める白いドレスを着た霊が出るのでしょう?」

「あら、わたしは髪の長い女の霊が出ると聞きましたわ」

「怖いですわね。修道院自体も幽霊城だと噂されているではありませんか」


 夫人たちの声音には嘲笑が含まれていた。

 扇で口元を隠しながらも、目は弧を描いている。

 全員が同じ表情なものだから、用意された仮面を被っているかのようだった。 

 ここまでくれば、誰の意図によって選ばれた修道院か明白だ。


(留意すべきは、王妃殿下も承認されたことね)


 サンセット侯爵家に、お妃教育へ口出しできる権限はない。

 滞在先の指示は、王妃がおこなったと見るべきだろう。


(乗り越えてみせなさい、ということかしら)


 なぜ王妃はパトリック夫人の好きにさせているのか。

 まだ答えは出ないけれど、クラウディアがやるべきことは決まっていた。

 嫌がらせに屈しないこと。

 生憎、幽霊を怖いと思ったことがないので、修道院の指定については無駄骨の感があるが。


(古びているのも、選ばれた理由でしょうね)


 綺麗な場所でしか暮らしたことのない令嬢にとって、古く痛んだ空間は、それだけで恐怖の対象だ。虫やネズミの気配がすれば、もっと。

 クラウディアとて避けたい場所ではあるものの、耐えられないかと訊かれればそうでもなかった。

 けれど今は。


「そのような噂があるのですね……」


 対抗する必要を感じず、しおらしい態度を取る。

 お茶会とは違い、ここは長々と話をする場ではないのだ。

 ただ頭の隅で、カチコチと何かが組み合わさる音が響く。


(今日集まったのは、本当に仲の良い人たちのようね)


 顔ぶれはパトリック夫人の交友関係と一致する。

 お茶会のときは、もっと人がいた。

 ここにいる人といない人の差。


(もしかしたら、ちょうど思案している商館の件が使えるかもしれないわ)


 抱えている問題同士がぶつかって化学反応を起こす。

 組み合わさった何かが弾け、頭の中で視界が広がるのを感じた。


(方向性が決まったなら、あとは行動あるのみよ)


 話の流れから、ここはショックを受けていたほうが良さそうだ。

 哀愁漂う演技のため、シルヴェスターやヘレンに嫌われる自分を想像する。

 金輪際、共にいることはできないと言われたら。


「お先に失礼させていただきます」


 喉がつかえるのを感じながら、クラウディアは足早に休憩室の前をあとにした。



◆◆◆◆◆◆



「またパトリック夫人ですか!」


 屋敷へ戻り、ヘレンに城でのことを報告すれば、憤慨が返ってくる。

 その反応が何より嬉しくて、ヘレンに抱き付いた。

 直前にしていた想像も消え失せる。


「ああ、クラウディア様……お辛いですよね」

「大丈夫よ、もう癒えたわ」


 耐えられるからといって傷付かないわけではない。

 小さな傷も数が増えれば、見るも無残な傷跡になった。

 けれど自分には癒やしてくれる人がいる。


「ご無理をなさいませんように」

「ヘレンは自分の治癒能力を過小評価しているわね」

「治癒能力ですか?」

「そう、ヘレンが隣にいてくれるたび、話を聞いてくれるたびに、わたくしの心の傷は癒えていくのよ」

「ならば、もっとお聞かせくださいませ」

「ふふ、ありがとう。けれど先ほども言った通り、今日の分は癒えたわ」


 また傷付いたときに頼らせてもらうわね、と笑顔で伝えればヘレンは納得してくれた。

 クラウディアには、ヘレンを巻き込んではいけないと、一人で行動していた時期がある。

 そのときの孤軍奮闘していた印象が、未だヘレンの中に残っているようだった。

 もうあのときの自分ではないと、安心させるために言葉を紡ぐ。


「すっかりヘレンなしでは生きていけない体になったわ」

「……クラウディア様、他ではおっしゃりませんように」

「あら?」


 久しぶりに選択を間違えた。

 確かに、シルヴェスターが耳にすれば詰問されそうだ。


「間違いではないのだけれど、気を付けるわね」

「わたしとしては嬉しい限りです」


 微笑むヘレンの表情は、パトリック夫人たちのものとは比べものにならない。

 慈愛の満ちた優しい目。

 逆行前から見守られていたのだと思うと、胸が熱くなる。


「パトリック夫人に対して、何かしらできないものでしょうか?」


 特に今日は泣き寝入りした感が否めないからだろうか。

 珍しく、このままではダメです、とヘレンが口にする。


「ちょうど対応策を考えていたところよ。ただタイミング的に、今ではなく別の機会が良いわね」

「さすがクラウディア様です! そうですね、言われてみれば、これから修道院に滞在することですし」


 二週間、社交界の前線から離れることになる。

 ことを起こすなら、自由に動き回れるときにすべきだ。


(上手くいくかは、わたくしの力量次第)


 城で思いついた方法を脳内で整理する。

 シルヴェスターが婚約式に反対する貴族を押さえ込んだのとは、違う手段を取る予定だった。

 どう転ぶかはわからない。

 だからこそ、できる限りの最善を尽くす。

 修道院への滞在は、調整の期間としても良さそうだった。

 憂いのなくなったヘレンに、クラウディアがにっこりと笑む。


「反撃の隙を狙って、潜伏することに致しましょう」

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