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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第六章

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09.悪役令嬢は美しい青年と出会う

 演劇は圧巻だった。

 平民、貴族、それぞれの立場から発せられる言葉に心を揺さぶられた。

 主人公の一人である貴族が命を落とすことから後味の悪さを覚悟していたけれど、残ったのは、清々しさすら感じるほどの深い悲しみだけだった。

 叶わぬ恋。

 なぜ愛し合う二人が引き裂かれなければならなかったのか、考えずにはいられない。

 余韻で潤む目元に口付けられる。


「ディアがいて良かった」


 ほっと安らぐ声。

 隣に愛する人がいる喜びを再確認する。

 お互い、すぐには立ち上がれなかった。

 ようやく気持ちに整理がつき、廊下へ出たところで、シルヴェスターに声がかかる。


「明日の議会のことで確認があるようだ、少し待っていてくれ」

「わかりましたわ」


 劇場にいても仕事に追われるシルヴェスターの背中を見送る。

 部屋へ戻ろうと踵を返したときだった。

 今度はクラウディアが呼び止められる。


「演劇は楽しまれましたか?」


 内容から今日の演者かなと思った。

 舞台を終えた演者が、貴族へ挨拶に来るのはよくあることだ。

 振り向いて、驚く。

 目の肥えたクラウディアでも、ハッとするほど美しい青年が立っていた。


(でも舞台にいたかしら?)


 青年は、一目で貴族だとわかる身なりだ。

 演者でなければ招待客の貴族だろうけれど、見覚えはない。


(これほど印象的な人、一度見たら忘れないわ)


 長い金髪を後ろで一つに結んでいる姿は、王妃の兄であるパトリックと同じだが、青年の髪は太陽の恵みをめいっぱい享受していた。

 きらきら輝く金髪に、吸い込まれそうなアメジストの瞳。

 白磁の肌は滑らかで、ほのかに色付く頬にうっとりする。

 十人いれば十人が、彼に目を留めるだろう。

 しかしジャケットの袖にあるカフスで確認した家紋も、知らないものだ。

 どこかシルヴェスターと似た雰囲気を感じ、頭を捻る。

 共にいる護衛も、不思議と青年を止める素振りを見せなかった。

 答えないクラウディアに気分を害した様子もなく、青年は自分の感想を語り出す。


「報われない結末でしたが、込められたメッセージには胸を打たれました」


 ――自由であれ!


 主人公である貴族の青年は、命尽きる前に、観客に向かってそう叫ぶ。

 一途な思いを否定する親族たち。

 貴族という身分に縛られた自分。

 同じようにはなるな、と言われているようだった。

 一歩間違えば、反社会的だと捉えられかねない内容だ。

 けれど上手くその辺りには触れられなかった。

 何を自由と結び付けるかは、受け手に委ねられる。


「私自身、身分違いの恋人がいるからかもしれません」


 そんなことを初対面の自分に打ち明けていいのかと目を丸くする。

 クラウディアの反応に、青年ははにかんだ。


「すみません、あなたになら話しても大丈夫そうな気がして。演劇を観たことで、ずっと誰かに打ち明けたかった気持ちが溢れてしまったようです」


 もしよければ馴れ初めを聞いてもらえませんか、と青年は乞う。

 まだシルヴェスターが戻ってくる様子はなく、待っている間で構わないならとクラウディアは頷いた。

 聞いたところでクラウディアが損をすることはない。

 それに演劇の主人公と目の前にいる青年の境遇が同じなら、行き場のない思いを少しでも軽くしてあげたかった。

 青年は、春を届けるような笑顔で感謝を告げる。


「ありがとうございます。やっぱりあなたに声をかけて良かった」


 ほっと緩められた目尻が愛くるしく、クラウディアも自然と笑みが浮かんだ。


「少し突拍子もない話なんですが、きっかけは、昔にあったとされる予言の力を私が呼び起こそうとしたことです」


 青年の家には、伝承があった。

 曰く、予言の力で人々を救った祖先が、家を大きくしたのだと。

 親から予言者の血が受け継がれていると子ども時分に聞いたときは、興奮して夜も眠れなかったという。


「思いだすと恥ずかしい限りなんですが、大人になっても、子どもの頃に覚えた興奮の一部を、私は抱えたままでした」


 他の貴族とは違い、特別な力があることが嬉しかった。

 実際には、親も自分も予言なんてできないのに。

 そしてあるとき、自分のことで行き詰まった青年は、伝承に縋ってしまう。


「自分に予言の力があれば、乗り越えられると思ったんです。浅はかだと、今ならわかるんですが」


 悩むあまり、冷静に物事を判断できなくなっていた。

 力を復活させるため、たくさんの文献を漁り、黒魔術の真似事をするようになった。


「祖先の霊を呼ぶための儀式が本に書かれていたんです。これだ! と思って、地下室の床に魔法陣を書いて、怖々、供物である動物の血を捧げたりして……我慢せずに、笑ってくださって結構ですよ? 自分でも当時のことを思いだすと呆れますから」


 むしろ前置きが長いですか? と青年は苦笑する。

 思い出を語る楽しそうな姿のおかげで、クラウディアは全く退屈していなかった。


「ここからがメインです。いつものように黒魔術の準備を進める中で、ロウソクの火を倒してしまったんです。みるみるうちに火が燃え広がり、入り口を炎で塞がれた私は絶望しました」


 家族にバレないよう、深夜にこっそり地下室へ通っていたのが仇となった。

 しかも地下室は避難用の隠し部屋だったのだ。


「怪しい儀式だという自覚はあったんです。それに家族を見返すために欲しかった力でもあって……」


 使用人の多くが寝ている時間。

 夜当番に、存在を知らない隠し部屋まで注意しろというのは到底無理な話だ。


「このまま焼け死ぬしかないのかと諦めかけたときでした。頭上から大量の水が降ってきたんです」


 呆然とする青年の視界に映ったのは、大きなバケツを持った一人の使用人だった。

 クラウディアと同じ黒髪が印象的だったという。


「何バカなことしてるんですか! と、怒鳴られました」


 幸い、火は自分が思っている以上に大きくなく、バケツの水で鎮火できた。

 青年の行動は、その使用人にはバレていて、ずっと見守られていた。

 すぐ消せる火も消さず、広がるまま火を放置する青年に、慌てて使用人は水を取りに行ったのだった。


「死ぬ気ですか!? と訊かれ、それもいいな、と何故か答えてしまって……話した通り、死ぬことは考えてもいなかったのに。燃え上がる火に、恐怖すら感じていたはずなのに」


 心が疲れきっていた。

 当然ながら、黒魔術も成功する気配を見せず。

 全て捨ててしまえるなら、捨てたかった。


「だったら自分にください、と言われました。泣きながら。いらないならください、と」


 泣きじゃくる使用人を見て、この人には自分の苦悩が伝わっているのだと知った。

 でなければ、青年の言葉を真に受けたりしない。


「ほっと、力が抜けて、気付いたら頷いてました。この人となら生きていけると思えたんです」


 実際に付き合いはじめたのは、半年ぐらい経ったあとだった。


「地下室から出て、日常に戻ると、あのときのことがお互い幻のように感じられて……しばらくは変わらない関係が続きました」


 でも幸せだった。

 地下室へ行って、魔法陣を描く気には二度とならなかった。

 青年と恋人の未来には、まだ身分の問題が残っているけれど。


「自由であれ、私もそう思います」


 晴れ晴れとした表情で、青年は演劇の言葉を口にした。

 爽やかな青年の笑顔を見て、クラウディアも願う。

 二人によき道が示されますように、と。

 青年とははじめて会ったが、話を聞く中で人柄の良さを感じていた。


「長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。最後に一つ……」


 なんだろうと、青年の紫色の瞳を見上げる。


「過去に囚われないでください」


 言われた瞬間、その一言が、頭の中でこだました。

 しばらく動けずにいると、クラウディアを呼ぶ声がする。


「ディア? 部屋に戻らなかったのか?」

「シル、用事は終わりまして?」

「ああ、終わった。大丈夫か? ぼうっとしていたが」


 大丈夫ですわ、と答えたときには、青年の姿がなかった。

 今の今までいたはずなのに。

 忽然と消えた青年に、白昼夢を見ていた気分になる。


(そういえばお名前も伺わなかったわ)


 はじめに聞くべきことだ。

 けれど不思議と、名乗られなくても良いと思えていた。

 美しい青年と話していたことを上手く言葉にできないまま帰路に就く。


(過去……)


 馬車に揺られている間も、青年の最後の言葉が離れない。

 過去、といわれてクラウディアが思い当たるのは、逆行前のことだった。

 逆行前に辿った歴史。

 クラウディアの人生において欠かせないものであり、認識としては過去の経験だ。


(過去に囚われないでください、か)


 一時、異母妹のことで囚われていた身としては、心に響く。

 青年が知りようのないことだけれど。


(また会えるかしら?)


 カフスにあった家紋を調べれば、身元はわかるはずである。

 しかし、なぜか率先して調べる気にはなれなかった。

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