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27.悪役令嬢は疑問を抱く

「お姉様! 新入生代表のご挨拶、とても素晴らしかったです!」


「嬉しいわ、ありがとう」


 教室に入ると、すぐにフェルミナが駆け寄ってきた。

 セミロング丈の髪を揺らしながら、花が咲いたような笑みを見せる。

 頬を染め、胸の前で手を合わせる姿は可愛らしく、教室にいた令息たちから注目される。

 ただそれはクラウディアへも向けられ、傍にいるシルヴェスターへ視線が移ると緊張を孕んだ。

 式典場を出てから教室まで、クラウディアはシルヴェスターのエスコートを受けていた。その後ろにトリスタンが続く。

 さも今、存在に気付いたかのような素振りで、フェルミナはシルヴェスターを見上げて口を開く。


「殿下……! すみません、うるさかったですか?」


(なるほど、シルヴェスター様目当てで近付いてきたのね)


 上目遣いで、さり気なく距離を詰めるあざとさに感心しながら、シルヴェスターの反応を窺う。

 女性からすればあざとくても、男性には可愛いと受け取られることをクラウディアは知っていた。

 それを表すように、馴染みの令嬢たちの視線は冷たく、事情を知らない令息たちの視線は温かい。

 しかしシルヴェスターは、いつもの感情を見せない穏やかな笑みで、いや、と答えただけだった。


(そうだわ、人の目があるものね)


 限られた相手だけならいざ知らず、衆目の前でシルヴェスターが感情を見せることはない。

 クラウディアが舌を巻くほどのそれは、生半可のことでは崩れないだろう。

 これでは観察するだけ無駄だと、早々にシルヴェスターから視線を外す。

 席は爵位順で決められており、クラウディアとシルヴェスターは揃って最後列だった。後ろの中央が一番位が高い。


(向かって左からトリスタン様、シルヴェスター様、わたくし、フェルミナ……ね。胃が痛くなりそう)


 慣れてきたとはいえ、シルヴェスターを無碍にはできない。

 フェルミナに至っては、言わずもがなである。

 机と椅子が個人用に独立して、距離が保てるのが唯一の救いだろうか。

 親切にもシルヴェスターは席までエスコートしてくれる。

 机が並んだ教室では動きが制限されるので、フェルミナがシルヴェスターに追いすがることはなかった。


 席順は爵位で決められるけれど、クラス分けは成績順でおこなわれる。

 前のクラウディアは成績が悪く、シルヴェスターとは遠く離れていた。

 傍にいればフェルミナを牽制できるものの、教室内には他の婚約者候補の姿もある。


(同い年に一人、お兄様と同じ最高学年に一人、もう一人は再来年の入学だったわね)


 婚約者の決定は、シルヴェスターの学園卒業に合わせておこなわれるので、まだどうなるかはわからない。

 ただこの三年が勝負所だった。

 クラウディアとしては、婚約者の座にフェルミナさえつかなければいいのだけれど。

 ちらりとシルヴェスターを盗み見る。


――私はとっくにクラウディアに焦がれているぞ?


(あれは、からかわれていたのよね?)


 シルヴェスターはクラウディアの虚をつくのが楽しいらしく、思わせぶりな態度を取ることがある。

 だから真実、女性として求められているのか、判断がつかなかった。

 どうしてもオモチャ相手に遊んでいるように思えてしまう。

 多少打ち解けたとはいっても、まだまだシルヴェスターは強敵だった。

 もしフェルミナがシルヴェスターを揺さぶることができるなら、ぜひその場に居合わせたい。



◆◆◆◆◆◆



 教室に教師がやって来ると、自己紹介を促され、順番に挨拶していく。

 フェルミナが領地で過ごしたのは、表向き病気療養が理由とされているので、本当の事情を知る者はいない。

 けれどクラウディアとの不仲説は囁かれていた。

 フェルミナが挨拶すると、どうしても教室内はざわつく。

 悲しい表情を浮かべるフェルミナを、クラウディアは励ました。


「大丈夫よ、心を強く持って」


「はい、ありがとうございます」


 どこかよそよそしさを感じるものの、フェルミナがクラウディアを拒否することはない。

 彼女の先の行動から、クラウディアは配役が変わっていないことを悟った。

 領地送りになっても、フェルミナが悲劇のヒロインで、クラウディアが悪役令嬢なのだと。

 そしてフェルミナが聖人であろうとするならば、クラウディアは妹思いの姉を演じることで彼女の言動を封殺できる。


(でも、これだとお茶会から何も変わってないわ)


 進歩していないともいえる。

 こんな相手に、前のクラウディアはいいように唆されたのだろうか。

 それほど無知で愚かだっただろうかと、腑に落ちない。


(きっと何か奥の手があるのよね)


 油断すれば足を掬われる。

 クラウディアは気を引き締めることで、納得できない心に蓋をした。

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