36.見張りは惑わされる
「何だって、儀式の日にまで見張りなんかしなきゃなんねぇんだよ」
「念のためだろ、儀式には出られるんだから文句言うな」
そもそも大きなミスをしでかしておいて、なんでお前も儀式に出られるんだ、という言葉は呑み込んだ。
御者として同行した先でやらかした青年に男が半眼を向ける。
(村長はこいつに甘いからなぁ)
直情型で考えなしなところがあるが、子どもの頃から面倒を見ているのもあって情が湧いていた。
甘やかしてはいても、村の青年をまとめるリーダーに任命しないあたり、村長の判断は信頼できる。
先生に関わるなと言われていた公爵令嬢を連れて来たのは確かにミスだが、村人にできるなら万々歳なのは自分も同じだった。
(あれだけの美人は滅多にお目にかかれないぞ)
今後、どれだけ新しく女性を村に迎えても、彼女以上は現れないだろう。
(村長も嬉しそうだったなぁ)
先生に渡さないまま儀式を施せることになって、一番喜んでいるかもしれない。
自分の後継者に、と考えているようだった。
気持ちはよくわかるし、村人としても大賛成だ。
人としての格が違うことは見ればわかった。
彼女が次期村長として、村を引っ張ってくれるなら応援したい。
(女の中にはやっかむヤツが出るかもしれないが)
幸せを村で公平に分けていても、多少の摩擦は生まれるものだった。
ただ目くじらを立てはしても反対するまではいかない。
村長の意に反する怖いもの知らずは、この村にいなかった。
(早く儀式になんねぇかなぁ)
念のためだろ、と今日の相棒を宥めたものの、気持ちはほとんど同じだった。
正直なところ見張りは暇だ。
何せ新参者も、儀式さえ済ますと脱走などしようとしないからだ。
村の出入り口を見張ってるヤツらも、今頃あくびをしているだろう。
後日慰労のため、村長の家に呼ばれるご褒美を期待して務めているにすぎない。
しかし今日は、いつもと違うことがあった。
ぼんやりと村を眺める中で発見した異変に、相棒を肘で突く。
「おい、礼拝堂で煙が上がってないか?」
「マジかよ」
黒煙が上がる様子に動揺する。
礼拝堂には調合室がある。
薬の材料などが燃えたら一大事だ。
消火のため動いたほうが良いかと悩んでいると、礼拝堂へ続く坂道を上がる村人たちが見えた。
「あれだけ人がいたら消火できるよな」
よほどのことがない限り、見張りを止めるのは許されない。
もし本当に人手が必要なら、誰か呼びに来る。
それでも気になって礼拝堂から視線を動かせない。
すると。
「おいおいおいおい」
「なぁ、ここで突っ立ってる場合じゃなくねぇか?」
礼拝堂から厩舎までは距離がある。
そのため音は聞こえないが、ぼうっ! とさらなる火の手が上がった。
中に入ろうとした村人がドアと一緒に吹き飛ばされたようだ。
じっとしていられず、厩舎から体を出して様子を探る。
しかし慌てた気配しか伝わってこない。
そのときだった、ここ二日で見慣れた少年が視界の端で転けたのは。
(いつの間に近くまで来てたんだ!?)
思いがけない接近に驚いていると、自分の視線を感じた少年が逃げるように走り出す。
礼拝堂で騒ぎが起きている中、少年の様子は怪しかった。
(もしかして彼がやったのか?)
イタズラを仕込んだ結果、被害が大きくなったのかもしれない。
「おい、待て!」
声をかけても少年は止まらなかった。
ますます怪しい。
「どうした?」
「あのキールっていう子が走って逃げた。俺はあとを追うから、お前はこのまま見張りを続けてくれ」
「放っておけば良いんじゃないか?」
どうせ逃げられないんだし、という相棒の言葉にも一理ある。
けれど目の前で逃げられて、放っておくという考えには至らなかった。
「儀式も控えてるんだ、わだかまりは残したくない」
そう言い残して少年を追いかける。
すぐに走り出さなかったので、距離が開いてしまっていた。
(なめるなよ……!)
素早い動きに舌を巻きながら、懸命に追いすがる。
ようやく追い付き、少年の腕を力任せに引っ張った。
「ぼくはなんて運が悪いんだ!」
声変わり前にしても、妙に高い声が響く。
違和感は少年の顔を見て吹き飛んだ。
「お前、アイラか!」
「おじさん、痛いよ」
顔を歪めるのを見て、慌てて手を離す。
「何だってお前、そんな格好してるんだ」
アイラは少年の服に身を包んでいた。
ベレー帽に丸眼鏡まで。
そっくりそのまま譲り受けたようだ。
お下げはベレー帽に収まっていた。
「この服を着て、走り回るよう頼まれたの」
「頼まれた?」
「うん、何でかはわからないけど。今までしたことのない格好だし、面白そうだからいいかなって」
アイラに悪びれた様子はない。
彼女はただ頼まれたことを遊び感覚でやっただけだった。
「俺の早とちりか……いや、なんでわざわざこんなことをアイラに頼んだんだ?」
「あたしに訊かれても知らないよ」
「だよな。俺は厩舎に戻る。礼拝堂で事故があったみたいだから、お前は大人しく寮に帰ってろ」
「はーい」
寮に帰るアイラを見送り、厩舎に戻って、少年の意図を理解する。
いつの間にか相棒も、繋いであった二頭の馬も姿を消していた。
馬から見張りを遠ざけるための罠に、自分は引っかかったのだ。
◆◆◆◆◆◆
「ったく、つまんねぇの」
礼拝堂の騒ぎには驚いたが、それにもすぐ飽きる。
意識はずっと、今夜おこなわれる儀式へ向いていた。
(やっと抱ける)
公爵令嬢の姿を頭に浮かべるだけで、下半身が疼いて仕方なかった。
連れ去るときに股間を蹴られた恨みは忘れていない。
それでも彼女を思うと、体が熱を持ち、何も考えられなくなった。
(まさか、なぁ)
これが恋というものなんだろうか。
大人になってから、儀式を通じて村の女たちとは触れ合ってきた。
儀式以外でも体を重ねることがある。経験は豊富だった。
けれどここまで心が乱れたことはない。
今日は昼過ぎから念入りに体を清めてるとのことだ。
(ああ、たまんねぇ)
想像だけでもヨダレが出た。
さすがにだらしがないので袖で拭う。
「あいつ、どこまで行ってんのかな」
ガキを追いかけていった相棒はまだ戻らない。
放っておけばいいのに律儀なことだ。
でも戻らないというなら、一発抜いておきたい。
そんな考えが過るほど、下半身がジンジンと痛みを訴えていた。
このままだと暴発しかねない。
「あ……?」
ふと、厩舎の入り口に気配を感じた。
見えたものが信じられなくて目をこする。
女が、公爵令嬢が、そこにいた。
体を清めるため風呂に入っていたからか、まだ濡れそぼっている。
(まぼろし?)
儀式のことばかり考えていたせいで幻覚を見ているのか。
吸い寄せられるように、ふらふらと足を進める。
二歩ほど進んだところで、公爵令嬢は身を翻した。
「待て!」
急ぎ厩舎を出る。
先ほどまでいた公爵令嬢の姿は見当たらない。
「やっぱりまぼろしだったのか?」
「まぼろしではないわ」
「お前……!」
少し離れた茂みに、公爵令嬢がいた。
「ねぇ、ゆっくり、焦らしながらこちらへ来て」
「何を言って……そもそも村長の家にいないといけないだろ」
「わからない? わざわざ抜け出してきたのよ」
あなたのために。後半は声に出さず、口だけが動かされる。
一瞬、意味が理解できなかった。
わかったときには全身が沸騰した。
「それって!」
「もう、言わせないで。あ、ダメよ」
駆けだそうとしたところで待ったをかけられる。
「焦らしてって言ったでしょ?」
「何で」
「だって、そちらのほうが……興奮しない?」
まだ乾ききっていない黒髪が、彼女の頬に張り付いていた。
小首を傾げる仕草に、ごくりと生唾を呑み込む。
全てが艶めかしかった。
村長には成熟した色気があった。
豊満な肉体から放たれるむんむんとした芳香は、いつだって我を忘れさせる。
性欲に突き動かされるまま何度貪ったかわからない。
女というものを知っていた。
知っていると思っていた。
(でも、こんなのは知らねぇ!)
常識が覆され、体が小刻みに震える。
「あなたは違うのかしら?」
「違わない!」
眉尻を落とし、残念そうな顔を見て反射的に答える。
何もしていないのに、はぁはぁと息が荒くなった。
今すぐにでも目の前にいる女を組み敷きたい。
けれど僅かに残っていた理性が押し止める。
がっかりされてもいいのか?
つまらない男だと思われることに耐えられるのか?
もし自分より他の男のほうが良かったなんて言われたら――。
想像に耐えきれず、頭を振る。
「わかった、ゆっくり行けば良いんだな?」
「ええ、わたくしも、ゆっくり見せてあげる」
見せる? 頭に浮かんだ疑問は、すぐに解消された。
公爵令嬢が、ワンピースの裾を上げはじめたのだ。
露わになった白くしなやかな足に釘付けになる。
一歩一歩、時間をかけて進むたびに、裾が揺れた。
足首からふくらはぎ、膝が見えてくる。
心臓がうるさい。
苦しくなって胸を手で押さえた。
緊張と興奮が最高潮に達し、鼻血が出そうになる。
イタズラを楽しむような笑顔を向けられて、気を失うかと思った。
妖艶で、美人で、可愛くて。
(最高かよ)
股間を蹴られた恨みは綺麗さっぱり消えていた。
村でよく着られているワンピースは、筒形にした布から頭と手足を出せるようにして、袖を付けただけの味気ないものだった。
それが輝きを放っていた。
布の生地が足りず窮屈そうな胸元、反対にくびれのある腰回りは布が余っている。
寸胴のワンピースは、体のラインが出るような作りではないというのに。
出るところは出て、締まるところは締まっている体付きがよくわかる。
たまらない、たまらなかった。
下半身が限界を訴える。
彼女が現れる前から既に滾っていたのだから無理もない。
「もういいだろ?」
「だーめ。あと少しだけ、ね?」
まだスカートの裾も余ってるわよ? と言われるが、近付いたことで肌の瑞々しさまで如実に伝わってきていた。
辛抱できない、と腕を伸ばす。
大きく一歩踏み出し、背中とこめかみに衝撃を受けた。




