35.悪役令嬢は脱出を図る
礼拝堂でお祈りをしていると、お清めの準備ができたと村人が呼びに来る。
お清めと言っても珍しいことをするわけではなく、村長の家でお風呂に入るだけのようだ。
時間の流れは早く、日が一番高いところから傾こうとしていた。
(できるだけのことはしたわ。あとは上手くいくのを願うばかりね)
きまぐれな神様も楽しいほうが良いだろうと、礼拝堂を出る前に祭壇を見上げる。
(精一杯、足掻かせていただくわ)
村長宅で、今までずっと着ていた侍女の服を脱ぐと、その場にいた女性陣から感嘆の声が上がった。
湯浴みの世話のため、四人の女性が集まっていた。
「なんて美しいの」
「どうしたら、こんなに素敵な体になれるのかしら」
口々に褒め称えられる。
美容法は何? と訊いてくる姿に、他の人との違いはない。
けれど四人とも儀式の経験者だった。
「村長さんから念入りに綺麗にするよう言われているわ」
「儀式で不安なことがあったら何でも訊いてね」
「はじまったら、疑問に思っていたことも全部、吹き飛んじゃうけどね」
浴室の雰囲気は和やかだ。
念入りにと言われているだけあって、髪から爪の間に至るまで洗われる。
「力加減は大丈夫? 痛くないかしら?」
「ええ、大丈夫です」
デリケートな部分の手伝いだけは断ったが、特に嫌な顔はされない。
最後は保湿のためのオイルで仕上げられた。
「ふう、我ながら完璧だわ」
「あら、ディーさんが元々綺麗なのよ」
「それは否定しないけれど、わたしたちも頑張ったでしょ?」
二時間ぐらいは経っただろうか。
茶色の肌着に、ワンピースを渡される。
服を着たところで、外から叫びが聞こえた。
「火事だー!」
礼拝堂のほうで煙が上がっているらしかった。
「大変、大丈夫かしら?」
「男共が消すでしょ。大層、儀式を楽しみにしているみたいだから、しっかり働いてもらわなくちゃ」
女性たちは静観する構えだ。
クラウディアは不安を煽ることにする。
「でも礼拝堂って調合室があるところですよね? 薬の材料とか大丈夫でしょうか?」
「そうね、それだけは心配ね」
「薬草って燃えやすいでしょう? 儀式でも使われると伺っているのですけれど」
「儀式で使う分は、既に確保してあるから大丈夫よ。でも売る分が燃えてしまうと困るわね」
「このままだと不安ですわ。どなたか一人だけでも様子を見に行っていただけませんか?」
眉尻を落として訴える。
火の手が大きいと消火に手伝いが必要かもしれない。
「わかったわ、わたしが行ってくるわね」
一人が礼拝堂へ向かおうとしたときだった。先に外から玄関のドアが開かれる。
「火事が大変なの! 皆、手伝って!」
後に儀式を控えている少女だった。
「大人は皆、手伝うようにって!」
「なんてこと、ディーさんはこのまま待機していて。すぐに消してくるわ!」
少女に促され、クラウディアを残して全員が村長の家から出ていく。
周囲が静かになったのを確認して、クラウディアも家を抜け出した。
空が夕日で染まる中、礼拝堂から煙が上がっている。
そして声に煽られた大人たちが桶を片手に坂を上がる姿も確認できた。
先ほどの少女が頑張ってくれたようで、村長の家にいた女性だけでなく、村の出入り口を見張っている者の気配もない。
(予定通りね)
火元を仕込んだのはクラウディアたちだ。
村長が人払いをしてくれたおかげで準備が捗った。
それでもタイミング良く火を付けられるか確証はなかったけれど、キールがやり遂げた。
黒煙が上がるよう、火種を調合したのも彼だ。
キールやアイラたちは儀式に参加しないため、準備に追われる大人たちとは違い、自由に動ける時間があった。
火元は礼拝堂の裏にあるため、見つかればすぐに消火されてしまう。急ぎ厩舎へ向かった。
まだ日が暮れていないので、かがり火は焚かれていない。
そこがクラウディアとキールの狙い目だった。
薄明の時間。
完全に暗くなるまでの時間、人には油断が生まれる。
中途半端な明るさではあるものの、見えないことはないから問題ないと思ってしまうのだ。
都市部ではこの時間帯に馬車による交通事故が増える。
暗さで視野が狭まっていることに気付かず、御者が制御を誤るのだ。
こういったミスは、初心者より運転に慣れてきた者が起こしがちだった。
(最近は新しい人が村に入っていなかったというし、気が緩んでいるといいのだけれど)
あえてクラウディアとキールも反抗的な態度を見せなかった。
こういうとき油断してくれているに越したことはないからだ。
アイラから教わった通りに道を進み、厩舎近くの茂みに隠れる。
日中、動物たちの世話が終わると、見張りは二人だけになった。
繋がれている馬さえ取られなければ良いという考えからだろう。
キールの到着を待つ。
少しして見慣れたベレー帽が視界に入る。
厩舎前で盛大に転けるのを目撃し、咄嗟に口を両手で覆った。
さすがにいつもの口癖は出なかったが、音を聞きつけた見張りの一人がキールの存在に気付く。
捕まったらまずいと、起き上がるなりキールは走り出した。
見張りはキールを見逃すことなく、あとを追う。
(どうか無事でありますように……!)
助けられるものなら助けたい。
しかし逃げるためには、と腹を括る。
予め、キールと取り決めをしていた。
もしものときは一人でも逃げよう、と。
(大丈夫、わたくしならやれるわ)
大きく息を吸い、気持ちを整える。
そして行動すべく、足を一歩踏み出した。




