34.悪役令嬢は儀式の報せを聞く
階段へ出ただけでもほっとする。
「はぁー、空気が新鮮に感じるよ」
「薬を扱う以上、通気孔はあるのでしょうけど、あの部屋の様子では気が滅入るばかりだわ」
「村長は実験室にいたんだね。ぼくが以前調べた村にも、同様の隠し部屋があるかも」
ドアの栓を戻し、世話になっている家へ帰る。
室内で明かりが揺れているのを見て、クラウディアたちは慌てた。
「どうしよう、抜け出したのバレたかな?」
「様子を窺って、ご夫婦が起きているなら何事もなかったように平然と帰りましょう。寝付けなくて散歩でもしていたと言えばいいわ」
「わかった!」
玄関のドアに耳を付け、物音に集中する。
どうしましょう、という奥方の声を聞いた瞬間、クラウディアはドアを開けた。
「あら、あなたたち! こんな時間にどこへ行っていたの?」
「ごめんなさい、寝付けなくて」
打ち合わせていた内容を奥方に告げる。
「夜に家を出るなら言付けてちょうだい。予め言っておかなかった私も悪いわね……。今夜は主人もいないし、途方に暮れそうだったわ」
「旦那様もおられないの?」
「今夜は村長さんの家に泊まっているの。あぁ、帰って来てくれて良かったわ。ちゃんと時間を置いて見てるのに、仕事をしていないって思われちゃう」
(アイラのお父様も村長宅へ行っていたのね)
口に苦いものが広がる。
それ以上に聞き逃せない言葉もあった。
注意を受けたものの、それ以上のお咎めはなく、クラウディアたちは用意された部屋へ戻る。
「数時間おきに見張られてたんだね」
「あの様子だと報告される心配はなさそうだわ」
居場所の知れない時間があったと報告すれば、自分の失態を認めるのと同義だ。
奥方はそれを避けたい様子だった。
「この村の人って、見張りはするけど危機意識は低くない?」
「村の中に入ってしまえば逃げるのは不可能だと思っているからでしょう。あと、副作用が出ているのかもしれないわ」
「洗脳薬の?」
「ええ、儀式で使われているみたいだと言っていたでしょう?」
アイラは儀式を経てから両親が変わったと言っていた。
「上の空になることが増えたり、知らない人のように感じたりするのは、そのまま薬の副作用なのではないかしら」
「そっか、だから考えが甘いところがあるんだ。ディーさんを誘拐したことで国を敵に回したっていうのに」
「国、というのは大袈裟だけれど……村長は最悪、儀式を待たずにわたくしやキールに洗脳薬を使えば良いと考えているのかもしれないわ」
「本人が被害を訴えなければ大丈夫だって? さすがにそうはいかないでしょ」
「いかないでしょうね」
シルヴェスターが許すとは到底思えない。
それに、とクラウディアは過去の例を口にする。
「誘拐や監禁といった事例では、加害者と時間を共有することで、被害者が加害者に対し好意的になってしまう現象が報告されているもの」
「警ら隊の人から聞いたことがあるよ。極度の緊張状態で心が傷ついてしまって、正常な判断ができなくなるんだよね」
「数としては少ないけれど、そういった事例が確認されている以上、被害者の証言よりも証拠のほうが重要視されると思うわ」
クラウディアとキールの場合、襲撃されたのは行商人の荷馬車だ。
この時点で犯罪として立件できる。
「感覚が麻痺していることにも気付かないなんて、薬って怖いね」
「そうね、悪い薬は怖いわ」
「正直、鎮痛薬のほうは素晴らしい出来だと思う。お尻の痛みもすっかり治ったもん」
「……わたくしも痛かったことすら忘れていたわ」
キールに言われてはじめて思いだす。
鎮痛薬は町の薬屋に卸されていて、変な副作用もなく評判が良いという。
入荷と同時に売り切れるほど人気で、キールの同行者も使い、異常はなかったと聞いている。
こちらは正真正銘、良薬と言えた。
荷馬車を襲った時点で、村に捜査が入ることは確定している。
問題は、助けが来るまで自分たちの身の安全を確保できるかだ。
「脱出方法を考えましょう」
「うん、アイラたちの情報のおかげで、色々と手は打てそうだ」
途中、台所で水をもらったりしながら、クラウディアはキールと脱出方法を練った。
「今日も良い天気だわ」
朝、家を出て伸びをする。
キールはまだ眠そうに目をこすっていた。晴れているので朝食は広場で取る。
ただ昨日に比べて、村の様子が騒々しく感じられた。
「連絡係が戻って来たのかしら」
早ければ今朝戻るとアイラが言っていた。
「だとしたら良くない状況だね」
届いた内容でクラウディアの処遇は決まる。
別の場所へ移される可能性もあった。
「落ち込んでいても仕方ないから、広場へ行きましょう」
泣いても笑っても結果は変わらない。
ならば少しでも情報を集めたかった。
前を向くクラウディアを見て、キールは眩しそうに目を細める。
「ディーさんの毅然としたところ、ぼく好きだな」
「ふふ、ありがとう。わたくしもキールが不運に負けないよう頑張っているところが好きよ」
「ぼくたち、良いカップルになれそうだね」
ここにシルヴェスターがいたら表面上は穏やかでも、冷たい笑みを浮かべただろう。
(会いたいわ)
またすぐ会えると信じているけれど。
昨日おぞましい事実を色々と知ってしまったからだろうか。
それとも望まない連絡が来てしまったからか。
一段と恋しく感じる。
再会したら抱き締めてほしいと願うほどに。
広場に着くと、案の定、嬉しくない報せが待っていた。
村長が満面の笑みで告げる。
「ディーさん、儀式の日取りを決めたわ! 今夜にしましょう!」
「随分と急なのですね?」
「ごめんなさいね、本来なら前もってお知らせするんだけど、皆も心待ちにしているものだから」
それだけ期待が大きいのよ、と村長はとにかく嬉しそうだ。
(何をどう期待されているのかは考えないほうが良いわね)
これ以上、精神的負担を抱えたくない。
クラウディアの心境などお構いなく、村長は手を叩く。
「今日は忙しくなるわ。身を清める準備をしないとね」
「あの、礼拝堂をお借りできますか? 儀式って大切なものですよね? 神様にお祈りしておきたくて」
「まぁっ、素晴らしいわ! ぜひ使ってちょうだい。村の人はあまりお祈りに馴染みがないの。かといって無理にさせるものでもないでしょう?」
独自の思想とお祈りは結び付きが薄いらしい。単に礼拝堂に行きたくないだけとも考えられる。
教会とは反目していないようだけれど、このあたりはナイジェル枢機卿の入れ知恵がありそうだった。
「今日は調合室にも入らないように言っておくわ。好きな時間に使ってもらって構わないから。こちらの準備ができたら呼びに行くわね」
どうしてこれほど村長が上機嫌なのかわからなかった。
けれど彼女の申し出は願ったり叶ったりだ。
不安を隠そうとしないアイラたちには、あとでこっそり会いましょうと告げる。
落ち合う場所はアイラに決めてもらった。
こうなったら自分たちも脱出のため、準備を進めなければならない。




