25.悪役令嬢は学園に入学する―逆行から2年―
デビュタントのエスコートでは、クラウディアの相手をヴァージルが、フェルミナの相手を父親が務めた。
途中クラウディアとシルヴェスターが踊ったことで会場が沸く一幕はあったものの、フェルミナが問題を起こすことはなく、デビュタントはつつがなく終わった。
そして学園へ通うため、フェルミナは領地から王都の屋敷に居を戻した。
「最高学年にヴァージル様がおられますが、あの娘のことです、お気を付けください。屋敷の人間は、みんなクラウディア様の味方ですからね!」
「ありがとう、ヘレン」
学園の入学式当日、髪を整えてもらいながらクラウディアは微笑む。
実のところ、フェルミナが屋敷に来た当初は、彼女に同情的な使用人も多かった。悪いのは父親だと、みな一貫していたからだ。
しかし虚言に次ぐ虚言で、今では同情の余地なしと判断されている。
「本日はハーフアップにいたしました。サイドの後れ毛で、殿下のハートを鷲づかみです!」
鷲づかみにする必要はない、と反射的に思ってしまったけれど、でも……と考え直す。
(楽しませると言った手前、こういうのも大事かしら)
鏡で、ヘレンが言う後れ毛を確認する。
元々クセのある黒髪は、少し残されたことで程良く頬にそい、色気を醸し出していた。
十六歳になり、より一層大人びた容姿と相まって、中々の破壊力がある。
「流石ヘレンね、素晴らしいわ」
「クラウディア様の魅力あってこそです」
クラウディアが胸を張れば、形の良い乳房は上を向き、コルセットを巻かない制服であっても、くびれが際立った。
お尻は小ぶりだが、納得のいく形になりつつあり満足している。
ヘレンはそんなクラウディアの姿を眺め、頬を染めながらほう、と息をつく。
「新入生代表の挨拶をされたら、全生徒が釘付けになってしまいますね」
入学に際しての試験結果から、クラウディアは新入生代表に選ばれていた。
そのこともあって、いえ、教師もですね、とヘレンの賛美は止まらない。
このままでは終わりそうになかったので、クラウディアのほうから話を切り上げ、馬車へ向かう。
学園の登下校には家の馬車を使った。
今日はフェルミナを置いて、一足先にヴァージルと二人で登校することになっている。
「お兄様、今日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく頼む。妹が新入生代表とは俺も鼻が高い」
「わたくしこそ、お兄様が生徒会長で誇らしいですわ」
十八歳になり、学園の最高学年になったヴァージルは、昨年おこなわれた投票で生徒会長への就任が決まっていた。
入学式は新たな生徒会長の就任式も兼ねるため、二人は式の打ち合わせをするべく早く呼び出されたのだ。
(前のときはフェルミナが新入生代表だったのよね。頑張って勉強した甲斐があったわ)
フェルミナも領地にいる間は勉学に励んでいたようだが、クラウディアのほうが僅差で上だった。
「明日からは、あれと三人での登校になるが大丈夫か?」
「デビュタントでは何も起こりませんでしたし、わたくしは大丈夫です」
それにヴァージルが警戒してくれているおかげで負担が少ない。
お茶会での一件が決定打になり、使用人同様ヴァージルもフェルミナを忌み嫌うようになっていた。
流石にこの状態では、いくらフェルミナがヴァージルに擦り寄ったところで、余計気味悪がられるだけだ。
「屋敷とは違い、学園ではあれも自由に動き回れる。些細なことでも異変に気付いたら俺に言うんだぞ」
「はい、頼りにしています」
学園は貴族社会の縮図でもある。
クラウディアやヴァージルに敵対する者も当然存在した。
それらとフェルミナが手を組むのを、ヴァージルも警戒している。
「あれはどこまで我が家門に負担を強いれば気が済むのか……」
「今のところ大事にはなっていませんわ。次に何かあったときは、お父様も手を打たれるのでしょう?」
「最悪はあれを公爵家の籍から外し、修道院送りだな」
前のクラウディアが通った道だ。
けれどそれには決定的な悪事の証拠が必要になるだろう。
(機転が利くところが厄介なのよね)
危機察知能力が高いのか、しでかしながらも致命傷を免れているフェルミナを思う。
直情的で癇癪持ちだったクラウディアとは違い、スパイを送り込んだところで見抜かれる可能性があった。
上手く立ち回らないと、と決意を新たにする。
新入生代表になったことで、クラウディアの求心力は増すだろう。
そしてその分、妬まれる。
有名税ともいえるけれど、フェルミナがいる以上、気は抜けない。
クラウディアにとって学園は、学び舎というより戦場に近かった。




