24.妹は悪役令嬢を憎む
公爵家のお屋敷を塀越しに見るたび、フェルミナは悔しかった。
(本当なら、あたしがあそこにいるはずなのに)
父親に愛されているのは、母親と自分だ。
なのに母親の身分が低いせいで、外で囲われることになっている。
お金には困っていないものの、公爵家の生活と比べれば雲泥の差であることは、幼いなりにもわかった。
「愛人」「一代貴族の男爵家」そういった言葉が聞こえてくるたびに、奥歯を噛みしめる。
(それもこれもお母様の意識が低いせいよ!)
父親を正妻から奪ったなら、次は自分がその座につくべきだ。
だから父親も積極的に正妻と別れないに違いない。
離婚が貴族にとって醜聞になるとしても、愛人を作っている時点で大差ないだろう。公爵である父親が本気になれば、いつでも籍は抜けるはずだ。
フェルミナはそう考えて疑わなかった。
「いつまでも愛人に甘んじて、お父様に捨てられちゃってもいいの!?」
「フェルミナ、これは簡単な話ではないのよ」
急き立てるフェルミナに、母親は苦笑を返すばかりで。
「どうして? お母様が難しくしているんじゃないの?」
「……あちらにもお子さんがいるの。わかってちょうだい」
それを聞いたとき、雷に打たれたような衝撃を受けた。
息子と娘、しかも娘のほうはフェルミナと同い年だという。
息子のほうはまだ理解できた。何せ母親と出会う前のことだ。
貴族にとって跡取りは何よりも大事だろう。
(でも娘を作る必要ってある? あ、もしかして政治利用するため? そうね、きっとそうに違いない)
経緯でいえば、長男に何かあったときのためにと、クラウディアの母親が強請った結果であるから、フェルミナの予想も間違ってはいない。
しかし父親に、生まれた子どもを政治利用する考えはなかった。
公爵家としては現状を維持できれば十分だったからだ。
(お兄様は仕方ないとしても、娘は邪魔ね)
政治利用するためでも、あの大きな屋敷に同い年の娘がいると思うと許せない。
同じ父親の娘なのに、どうして自分は下に見られないといけないのか。
(お父様の娘はあたしだけでいいの)
愛されているのは、あたし。
公爵家の屋敷にいるべきなのも、あたし。
だから、クラウディアはいらない。
癇癪持ちだと父親が漏らしたのを聞いてからは、余計その思いが強くなった。
なのに。
(どうしてみんなクラウディアばかり褒めるの!?)
やっと屋敷に迎え入れられたと思えば、使用人はフェルミナに冷たく。
どれだけフェルミナが可愛く甘えても、兄のヴァージルは全く靡かない。
果てには味方であるはずの母親まで、クラウディアを褒め称えた。
(お父様、公爵家当主に愛されているのはあたしよ!? みんなからも愛されるべきなのは、あたし!)
使用人ごときが。
癇癪持ちの娘が、いい気にならないで。
(わからないなら、わからせてやる!)
お兄様に愛されるのも。
王太子殿下に愛されるのも、あたしだって。
クラウディアがシルヴェスターの婚約者候補だと知ったフェルミナは、その事実が信じられなかった。
屈折した思考では到底受け入れられず、これは間違いだと考えるようになる。
ならば正さなければならない。
他ならぬ、自分が。
(次よ、次こそは……!)
失敗しても、フェルミナの中で正しいのはいつも自分だった。
そうしたフェルミナの性根は、両親の願いも虚しく、領地送りになっても矯正されることはなかった。




