16.少年探偵は調査する
キールの家は、小高い丘の上にあった。
共に牧場を営む親戚たちの家も見える距離に建てられている。
窓の外には、いつでも馬がいた。
天気の良い日は牧草を食んだり、のんびり寝転ぶ姿が見られたけど、彼らの特徴は足の速さにあった。
牧場では主に軍馬が飼育されていた。
注がれている愛情こそ同じでも、競走馬の飼育は足の速い馬を育てられるという宣伝のためだった。
おかげで評判を聞きつけた貴族が直接買い付けに訪れることもある。
牧場では子どもといえども肉体労働を課せられた。
敷地内に住む同年代のいとこたちも、朝早くから馬の世話に駆り出されていた。
けれどキールだけは違った。
いとこたちが汗水流して働いている頃、キールは祖父と机に向かう。
教養を身につけるためだ。
幼い頃から呑み込みの早かったキールは、子爵家で執事を勤め上げた祖父に才能を見出され、勉学に励むこととなった。
「お前なら、いつか支給された制服を着られるかもしれん」
キールが期待に応えると、祖父は決まってこう口にした。
貴族の家で働く使用人は、与えられる給金で市販されている安い制服を買うのが一般的だ。
制服といっても消耗品である。すぐ汚れて摩耗するものに大金はかけられない。
制服にお金をかけられるのは管理職だけだった。
しかし限られた上級貴族の家では、給金から差し引かれることなく上等な制服が支給されるという。
平の使用人から執事にまでなった祖父にとって、支給される制服は憧れの対象だった。
優秀な孫に、祖父は自分の夢を託したのだ。
一人特別扱いされるキールを、いとこたちがやっかむことはなかった。
彼らにしてみれば強面の祖父から難しい話を延々聞かされるほうが、肉体労働より苦痛だったからである。
キールが勉学に楽しさを見出していることも知らず、いとこたちはキールの労をねぎらった。
しかし歳を重ねるにつれ、キールもある一つのことに苦しさを覚えはじめた。
ずっと家に引きこもっているのが我慢ならなくなったのだ。
自ずと本を持って出かけるようになった。
すると肥だめに落ちたり、真冬に清掃用の水を頭から被ったり――どちらのときも本だけは守り切った――と、運の悪さが露呈しはじめた。
町へ出るとより顕著になった。
通りかかったタイミングが悪く、イタズラの犯人に間違われたり、飼い猫を盗んだ嫌疑をかけられたり……。
その都度キールは、身の潔白を証明するため奔走した。
真犯人を捕まえ、猫の隠れたお気に入りスポットを見つけ出したこともあった。
はじまりは不運でしかなかったが、不思議とキールはやりがいを感じていることに気付いた。
祖父に出された課題で満点を取るような。
それからキールは口に出して嘆くようになった。
「ぼくはなんて運が悪いんだ!」
キールにとってこれは解決すべき事件がはじまる合図であり、不運を乗り越えてみせるという気概の表れでもあった。
数々の事件解決によって、町の警ら隊の中でもキールが有名になった頃。
ある貴族の使いが家を訪ねてきた。
てっきり最初は馬の買い付けだと思われたが、求められたのはキールの頭脳明晰さだった。
依頼は他言無用の上、危険が付きまとう。内容を聞く前に、受けるか断るか決めてほしいと言われた。受ける場合は、すぐに家を出て調査に専念してもらうことになるとも。
この時には勝手に助手を名乗る図体がデカいだけの同行者ができていたものの、家族は猛反対した。
それでもキールは受けた。
「だって放っておいても、そのうち巻き込まれるよ」
家族がこの言葉に反論できないほど、キールの不運さは度を越していた。
タイミング悪く巻き込まれるより、貴族の支援を受けて調査をはじめるほうがずっと良い。
最終的に家族は折れるしかなかった。
祖父が憮然と腕を組む。
「お前には執事の道に進んでほしかったんじゃがなぁ」
「いやだよ。ぼく、一か所に留まってるの苦手だもん」
どれだけ運が悪くても、家に引きこもるという選択肢をキールは選ばなかった。
出立前に一つだけ確認しておきたくて、キールは現役を引退しても姿勢の良い祖父を見上げる。
貴族のことなら祖父に聞け、というのは町でもお馴染みの文句だ。
「うちが害されることはないよね?」
「依頼内容を聞くのはお前だけじゃから大丈夫じゃろう。それにうちの馬を欲しがる貴族は多い。腹を探られたくない輩ほど、手出しはしてこんよ」
祖父が執事を務めた子爵家以外にも、馬好きの貴族の中でキールの家は有名だった。
家に何かあれば噂になる。
今回の依頼人が秘密裏に調査を進めたいことは、現時点の申し出からもわかることだ。
たとえ噂であっても余計な詮索は望んでいない。
「馬好きに派閥は関係ないからの。わしもできることはしておく。ちゃんと教えた関係図は頭に入っとるか?」
「うん、王族派、貴族派、中立派でしょ。どの家がどこに所属してるかは把握してるよ」
「最新の情報ではないが、ないよりマシじゃ。いざというとき助けを求める手立てにもなろう」
キール、とシワだらけの大きな手に頭を撫でられる。
「不運に負けるでないぞ」
「もちろん! 何があっても乗り越えてみせるよ!」
家を出たあとは、貴族の使いに要望を出せば、宿泊先など必要なものは揃えられた。
「坊ちゃんのことは、助手のオレが守るっす!」
「戦場から逃げ出した人に言われてもね。それにまだ助手って認めてないよ」
貴族の使いは、あくまで依頼人である貴族との連絡係でしかなく、調査は同行者とおこなう。
同行者は、隣にいる頼りない大男だけだった。
それでも今回の依頼のように出所が怪しいものを調べるときは、彼のいかつい見た目が役に立った。
また誰も子どもが調査しているとは考えないので、いい隠れ蓑になってくれている。
ただ相談事には向いていないので、キールにとって彼は同行者止まりだった。
(領内の裏市場に出回ってる薬の調査かぁ)
媚薬、洗脳薬なるものが流れているらしい。
その製造元について調べるのが、貴族からの依頼だった。
警ら隊の仕事だと思うけれど、どうやら調査結果を公的な記録には残したくないようだ。
依頼人、デミトル伯爵家は薬の流通で利益を得ている。
調べるよう言われた薬は、何かしら利権に関わるものだと推測できた。
(貴族派は最近ゴタゴタしてるって話だけど)
派閥内で問題が起きても、利益追求に余念がないのは見習うべきなのか。
(もしものときの逃げ込み先も考えておかなくちゃ)
デミトル伯爵が怪しい薬について調査していると知った以上、依頼を達成しても無事に帰れる保証はない。
いかんせん自分は運が悪いのだから。
お決まりの台詞を口にしながら調査を進めていると、ある村の存在が浮き彫りになった。
媚薬なんていう眉唾ものの薬は昔から存在しているけれど、調査対象の薬は効果があり、茶色い見た目をしている。
それと同じ特徴を持つ薬を、立ち寄った町の薬屋でも見つけたのがきっかけだった。
薬屋で売られていたのは媚薬ではなく、鎮痛薬だったが。
平民は病気やケガをすると薬屋を頼る。
だからといって効き目があるとは限らない。
結局は自分の体力勝負になるのが常だ。
でも気休めにはなる。
定番のものなら効果もある程度期待できた。
だが立ち寄った薬屋で売られていた鎮痛薬は、とてもよく効くというのだ。
町でも評判で、入荷するとすぐ売り切れるという。
言うまでもなく、運良く手に入れたのは同行者だった。
その鎮痛薬も茶色かった。
悲しいかな、平民が手にできる薬で「効果がある」というのは立派な特徴になる。
これらの共通項に目を付け、製造元を探った。
裏市場では足が付きにくいが、薬屋は別だ。
何せ店は動かない。
仕入れ元を教えてもらえなくても、大体入荷するであろう時期を見計らって、張っていれば良かった。
そして一つの村に行き着いた。




