23.悪役令嬢と兄は父親に宣言する
「お父様を悪く言わないで……」
それに答えたのは、クラウディアではなく父親だった。
フェルミナの主張を聞いていられなくなったらしく、厳しい表情で愛娘を見下ろす。
「もういい。フェルミナは部屋で休んできなさい」
「待ってお父様、お姉様はお父様のことを恨んでいるのよっ」
まだ言い募ろうとするフェルミナを手で制し、部屋に連れていってやれとリリスに託す。
二人が出ていくと、居間は重い沈黙に包まれた。
(わたくしも部屋に戻っていいかしら?)
すっかり論点がお茶会から父親のことに替わっていた。
クラウディアとしては願ったり叶ったりだけれど、フェルミナは何がしたかったのだろうと思う。
(機転は利くようだけど、まだ主観でしか考えられないみたいね)
自分の物差しでしか物事を測れない。
前のクラウディアもそうだった。
けれど今は違う――と考えたとき、気付くことがあった。
(フェルミナをイジメたことなんてないのに、なぜ恨まれてるのかしら?)
むしろリリスへするように、クラウディアから歩み寄ってすらいた。
屋敷に来る前は会ったことさえない。
妬まれるならわかる。
シルヴェスターの婚約者候補であること、貴族の中では最高位の公爵家であることは、他のご令嬢からもよく妬まれるからだ。
しかしフェルミナからは強い恨みを感じた。
(妬みが高じて恨みになった? だとしたら、どれだけ屈折しているの……)
今回も性根が悪いのはわかったけれど、厄介な相手だ。
屈折している以上、善意で接してもその通りに受け取ってもらえない。
(こういうの娼館で何と言ったかしら……そうだわ、「地雷」よ)
戦場の兵器になぞらえて、関わるだけで痛手を負う相手をそう呼んでいた。
解決策は距離を置くしかない。
それができたら苦労しないと、クラウディアは頭を抱えたくなった。
これ以上話がないなら自室に帰ってベッドへ飛び込みたい。
そう思ったところで、ようやく父親が口を開く。
「お前たちは私を恨んでいるのか。いや、当然か」
けれど呟きにもとれる声量で、内容も自問自答に近かった。
今更な話に、クラウディアはヴァージルと目を合わす。
いつの間にか項垂れている父親へ、ヴァージルは呆れた視線を送った。
「愛されているとお思いでしたか?」
「いや……」
「その通りです。俺は公爵としての父上をある程度は認めていますが、父親としては認めていません。だからといって恨んでもいませんが」
ヴァージルがそこで言葉を切ると、父親は顔を上げる。
父親の視線を受けたヴァージルは、クラウディアを見た。
「もしこれ以上ディーを傷付けるなら、俺は父上を恨みます」
「そうか……クラウディアも同じか?」
自分と同じ青い瞳に、クラウディアは頷く。
「わたくしも、お父様がお兄様を傷付けたら恨みます。ただこれだけは覚えていてください。わたくしもお兄様も『恨む』と口にしたのは、これがはじめてだということを」
クラウディアが念押ししたことで、父親は目を見開いた。
思うところがあるにもかかわらず、クラウディアもヴァージルも公爵家当主としての父親を立てていたことに気付いたからだ。
面と向かって父親を責めたこともなければ、決定に反論したこともない。
父親は二人の器の大きさを見せ付けられた気がした。
「私は……どれだけ小さな人間なのだ……」
打ちひしがれる父親に、ヴァージルは肩を竦める。
クラウディアも苦笑を浮かべ、一つ息をついてから言葉を紡いだ。
「わたくしの考えは、フェルミナさんに言った通りです。以前、少しでも認められるようにと誓ったのも、嘘ではありません。わたくしは過去より、これからを大事にしたいので。ただ振り返ることがあるなら……寂しかったです」
今更、父親に構ってもらいたいとは思わない。
もう親に甘える歳ではないのだ。
けれど甘えたいときにいた母親は厳しく、父親は家にいなかった。
――フェルミナの言葉の中にも正しいことはあった。
過去は消えないということ。
誰が何を言ったところで、世間はフェルミナを愛人の子として見るだろう。
それはクラウディアにも否定できない。
「すまなかった……私は……ダメだ、何を言っても言い訳になるな」
「謝罪は結構です。申し訳なく思ってくださるなら、お父様もこれからを考えてくださいませ」
話はこれで終わりにしましょう、と明るい調子で言って立ち上がる。
ヴァージルも席を立ち、一緒にお茶でも飲もうとクラウディアを誘った。
その後、お茶会でのことは、フェルミナの被害妄想ということで片が付いた。
帰宅前クラウディアがシルヴェスターに慰められた――事実とは異なる――ことを聞き及んだ父親はこれを重く受けとめ、デビュタントまでの期限付きではあるものの、フェルミナを領地へ送った。
デビュタントまでの期限付きになったのは、現状クラウディアとのみ仲違いしているだけなので、フェルミナにやり直すチャンスを与えるためだ。
お茶会の件でフェルミナに便乗する声もあるにはあったが、当人がいないのもあり広がることなく消えていった。
結果的にフェルミナは、知り合いが全くいない状況で、デビュタントを迎えることとなる。




