06.悪役令嬢は卒業パーティーに出席する
雪が舞う季節であっても、この日、王城の大広間は人々の熱気で満ちていた。
貴族の子息、令嬢が通う学園の卒業パーティー。
卒業生のみならず在校生も参加するため、とにかく賑やかだ。
家の当主が集うパーティーとはまた趣が違う。
高い天井に施された石膏の装飾。吊されたシャンデリア。柱頭の細やかな彫刻と、変わったところは見られない。
それでも十代の若者ばかりが集まっているからか、オーケストラの音色に合わせて会場に漂う空気が弾んでいるように感じられる。
明るい話し声や笑顔がきらきらと輝いていた。
流れる涙もまた、この場の彩りに花を添える。
「うっ、うっ、お姉様ぁ、寂しいですぅ」
「学園で会うことがなくなるだけよ」
後輩が卒業を迎える先輩の胸に縋る様子も、卒業パーティーでは定番だった。
小柄なピンク髪の少女――シャーロットの飴色の瞳からは止めどなく涙が溢れ続ける。
「ほら、目が腫れてしまうわ」
クラウディアがハンカチで頬を優しく拭うも、焼け石に水だ。
けれど心配になると同時に嬉しくもあった。
こうして泣くほど自分を慕ってくれているのだ。
嘘偽りないシャーロットの思いに胸がほっこりする。
また別の面では前進が見られて、クラウディアも気を抜くと目が潤みそうだった。
今日のシャーロットはレモンの香りがしそうな黄色いドレスを着用しているのだが、デザインに錯視を用いるような特別な装飾は施されていない。
大きな胸がコンプレックスであるシャーロットにとって、自分の体形に合わせたドレスを着ることはずっと苦痛だった。
どうしても胸が目立ってしまうからだ。
寒い時季なのもあってデコルテの露出は控えめだが、無理に胸を圧迫して小さく見せるようなことはなかった。
卒業パーティーのように見知った顔だけが集まる催しでは、動じなくなってきているのだ。
それは彼女のコンプレックスが少しずつ快方へ向かっている証しだった。
しかし一向に泣き止まないシャーロットへ片眉を上げる人もいる。
「いい加減、気持ちに整理をつけなさい。ディーのドレスを台無しにする気ですの?」
扇を口元に当てながらルイーゼが苦言を呈す。
けれど声音からは心配する気持ちが滲み出ていた。
「ルイーゼお姉様ぁ……」
「もう、この子ったら」
励まされているとわかったシャーロットが、今度はルイーゼに抱き付く。
眉をひそめられながらも、振り払われることはない。
ルイーゼは藤の花を思わせる紫色のドレスに、白い手袋を合わせていた。
ドレスの裾に白いファーが付けられているからか、動くたびにスカートが軽やかに揺れる。
シャーロットから解放されたクラウディアは、会場全体へ視線を巡らせた。
後輩をなだめる先輩の姿がそこかしこで見受けられる。
(お兄様の卒業を見送り、今度は自分が送り出される立場になるなんて、不思議な心地だわ)
逆行前の卒業パーティーで、クラウディアは断罪された。
それも含めると四回目になる。
学園に留年はなく、本来なら存在しない回数だ。
心がふわふわするのも仕方ないかもしれない。
(何より、新しい門出を祝うものだものね)
クラウディアにとっては特に意味のあるものだ。
落ち着かなくて当然だった。
学園生活一年目は大変というより、問題と向き合う日々だったけれど、屋敷とも社交界とも違う生活は楽しかった。
学園内ではあまり身分や派閥にとらわれないのが大きかった。
おかげで交友関係が一気に広がった。
(学園で会えなくなるだけ)
シャーロットに言ったことを胸の内で繰り返す。
その言葉に当てはまらない人物がいることもクラウディアはわかっていた。
該当する顔が頭に浮かんだとき、当人が視界の端に映る。
「あぁ、ここは暖かいな。だから春の花々も顔を出しているのか」
「ごきげんよう、ラウル様」
一通り挨拶を済ませたラウルが現れる。
ラウルの言う通り、クラウディアは春の花をイメージしたピンク色のドレスを着ていた。
ただ一色ではなく、イエローやブラウン系のグレーも取り入れて、季節と釣り合うようシックにまとめている。
ラウルはバーリ王国の正装姿だった。
力強い深緑の上着が彼の緩やかなクセのあるダークブラウンの髪とよく調和している。
その隣に立つ副官のレステーアも男性用の正装に身を包み、綺麗な笑みを浮かべていた。
「はじめてクラウディアと会ったのがここだったな。レステーアの男装を看破したときには目を見張ったのを覚えてる」
懐かしそうに語るラウルへ首肯する。
(わたくしは衝撃で目を見張りましたけど)
娼婦時代、身請けを申し出てくれた相手との予期せぬ再会に心底驚いた。
「そのあとダンスにお誘いいただきましたわね」
「そうだ、ずっとオレにとって苦痛でしかなかったダンスに」
女性が苦手だと知っていたので、不用意に近付かないよう注意していたのを思いだす。
ラウルにとってはそれが心地良かったらしい。
すっ、とクラウディアの前でダークブラウンの頭が軽く下げられる。
「オレとダンスを踊っていただけるだろうか」
差し出された手に自分の手を重ねることで、クラウディアは応えた。
シルヴェスターとの一回目のダンスは既に終えている。
まだ挨拶に対応しているシルヴェスターからは口の動きだけで断ってもいいぞと言われたけれど、友人からの誘いを断るわけがない。
空いているスペースへ移動し、互いにポジションを取る。
新たに音楽が奏でられれば、自然と体が動いた。
「あのときにはもう特別な存在になっていたように思う。何せずっと踊っていたかったぐらいだ」
「全く気付きませんでしたわ」
足を止めていれば告白の内容に照れたかもしれない。
幸い、ステップがその熱を取り去ってくれた。
前世の記憶があるクラウディアにとって、ラウルとの一方的な再会は驚きの連続だった。
(シルに会ったことがあるのか指摘されたときは肝が冷えたわね)
ラウルが、クラウディアの事情を知るわけはなく。
軽やかなステップと共に会話が続けられる。
「心を掴まれたと自覚したのは、クラウディア主催のお茶会に出席したときかな」
あそこまで好みだった席はないと、ラウルは笑いながら断言した。
「クラウディアの心遣いが身に沁みた」
「喜んでいただけて何よりですわ」
「キミはいつだってオレの欲しいものをくれる。気遣いだったり、言葉だったり。そのたびに思うよ、オレには何が返せるのかって」
愛する心以外に。
目が合い、そのビターチョコレートの瞳に甘さを感じる。
(ずっと思ってくださっているのね)
今も昔も心変わりすることなく。
ラウルが何か返す必要はない。
彼が一番欲している心を、自分は贈れないのだから。
「キミが好きだ、クラウディア。もう聞き飽きたかもしれないが」
ありがとうございます、と笑みで応える。
それしか、できない。
眉尻が下がりそうになるけれど、ラウルに気にした様子はなかった。
「いつまでも待っているよ」
優しい言葉と共にダンスは終わった。
卒業パーティーを終えれば、次に控えているのはシルヴェスターとの婚約式だ。
ラウルの耳にも入っているだろうに、終始話題に上ることはなかった。
間を置かず、レステーアにダンスを申し込まれる。
「我が君と踊る栄誉をいただけますか」
「あなたも相変わらずね」
青髪の男装の麗人。
レステーアとこのような付き合いになるとは想像もしていなかった。
時計の針は止まることなく動き、以前とは違う道をクラウディアへ示す。
逆行してから、早くも四年の歳月が経っていた。




