22.悪役令嬢は妹を諭す
クラウディアが帰宅すると、屋敷は異様な雰囲気に包まれていた。
出迎えてくれたヘレンが理由を説明してくれる。
「あの娘の虚言癖が再発しました」
「今日はお父様もリリスさんもおられるのよね?」
「はい、帰ってくるなり旦那様に泣きつかれた次第です」
騒ぎを聞きつけたヴァージルも合わせて、みんな居間に集まっているという。
どうせフェルミナは、自分の都合の良いようにしか話していないだろう。
居間に入れば、全員の視線がクラウディアへ集中した。
「いやっ、来ないで!」
怯え、体を震わせながらフェルミナは父親へ身を寄せる。
お父様助けて……と言い募る妹の姿を、クラウディアは悲しげに見つめた。
「まだ誤解が解けていないようですわね」
「お姉様があたしを突き飛ばしたんじゃない! 目撃者だっているんだからっ」
「クラウディア、本当なのか?」
父親の問いかけに、首を横に振ることで答える。
みんなフェルミナの嘘を疑いながらも、目撃者がいるなら……と判断に迷いが生じていた。
しかし流れはまだこちらにある。
そう確信して、クラウディアは言葉を続けた。
「わたくしが突き飛ばした瞬間を見た者はおりません。だって突き飛ばしていないもの。フェルミナさんが仰る目撃者は、フェルミナさんの叫びを聞いただけです」
フェルミナが走り去ったあと、クラウディアは周囲を確認していた。
近場にはクラウディアが親しくしているご令嬢しかおらず、仮に敵対勢力がフェルミナに便乗して偽証しても、見えたはずがないとすぐに暴けるのだ。
「それこそわたくしが動いていないことは、一緒にいたご令嬢が証言してくださります」
確かにクラウディアはフェルミナの傍にはいたが、お茶会の間は大体誰かと会話していた。
そんな中で不自然な動きがあれば、誰かが見ているはずである。
「どうせその方たちともグルなんでしょ!? 酷い、あたしが愛人の子だから、寄ってたかってイジメるのね……っ」
フェルミナの言葉に、リリスが傷付いた顔をする。
この子はどこまで実母を傷つければ気が済むのかと、クラウディアは頭痛を覚えた。
形勢が悪いと見るや、論点を変えるところも小賢しい。
けれどこういう場では感情的になったほうが負けだ。
冷静に話しているほうが、傍目には正しい印象を与えられる。
だからあえて、フェルミナの話にのった。
「フェルミナさん、それは違います。あなたはもう歴とした公爵夫人の娘なのですから」
「だからって過去は消えないじゃない! お姉様は、お父様に愛されるあたしが憎いのよ!」
「いいえ」
「嘘言わないで! 憎くないはずがないでしょう!?」
(今日だけで、このやり取りは二回目ね)
帰宅前、シルヴェスターと話したことを思いだす。
そして同じように、きっぱりと告げた。
「悪いのはお父様であって、フェルミナさんではありません。逆にフェルミナさんは、わたくしが憎いのですか?」
実の父親に放置されていた子が憎いかと尋ねられて、憎いと答えられるわけがない。
(だってあなたは被害者で、聖人を気取りたいのですものね)
フェルミナの姿勢は、前のクラウディアのときと変わらず一貫している。
あくまでフェルミナは悲劇のヒロインであり、悪役令嬢はクラウディアのほうなのだ。
「あ、あたしのことはいいから、お父様を悪く言わないで!」
「いいえ、言います。どうしてフェルミナさんが庇わないといけないの?」
「お父様はお母様と恋に落ちただけだもん!」
「そしてわたくしとお兄様を放置したのね。全てお父様の所業だわ。それなのに、わたくしがフェルミナさんを憎む理由があるかしら?」
「だから、あたしがお父様に愛されてるから……」
「それもお父様のお気持ち一つでしょう? 捨てる、捨てないの選択権をお持ちなのはお父様なの。だったらわたくしは、権利を持たないあなたを憎むより、お父様に認められるよう頑張るわ。そちらのほうが建設的だもの」
逆の立場だったら、フェルミナはクラウディアを憎んだだろう。
前のクラウディアと同じように。
きっとそれが普通の感覚だ。
シルヴェスターだって、愛人の子なんて憎悪の対象でしかないと言っていたくらいなのだから。
けれどクラウディアは、人生をやり直したことで、客観的に物事を見るようになっていた。
だから親の罪で、子どもに責任は生じないと言える。
至極当然のことだけれど、男女間の話でも、浮気した男性ではなく、浮気相手の女性を恨むのはままあることだ。
(娼館に本妻が乗り込んできたこともあったけど、不貞を責めるなら旦那を責めなさいよね)
当時は、相手が娼婦なだけマシだろうと思ったものだ。
愛ではなくお金で繋がっている縁なのだから。
酸いも甘いも噛み分けたクラウディアの思考に、フェルミナは眉根を寄せる。ついていけないらしい。
結果、同じ言葉を繰り返した。




