**.200話記念SS(第四章の時系列とは関係ありません)
「すっかり大きくなったものだ」
シルヴェスターの視線の先には、ゴロゴロと喉を鳴らす白猫の姿があった。
クラウディアの膝の上で丸まったまま動く気配は全くない。
優しく撫でられる感触に安心しきっているのだろう。
来客時、普段ならキャンディは同席しないが、シルヴェスターに限っては許されていた。
「子猫宛てに新鮮な魚を贈ってくださった方のおかげですわね」
「あれは罰だったのだがな?」
にこりと微笑みが返され、クラウディアは目をすがめる。
発端となったアクシデントを思いだすと喜べるものではなかった。
それはそれとして、他にも気になっていることがある。
予告もなく、シルヴェスターが数人の護衛騎士だけを連れて訪問してきた件だ。
おかげで屋敷に緊張が走ったのは言うまでもない。
女主人である継母のリリスに至っては大慌てだった。
クラウディアも普段着で出迎えるわけにいかず、急ぎ身嗜みを整えたくらいだ。
普段着でも失礼にあたるような装いではないが相手は国の王太子殿下である。
加えて、親しき仲にも礼儀あり、だった。
「本日はどうされたのです?」
「なに、単なる息抜きだ」
「でしたら、せめて先触れを出してくださいまし」
「すまない、他に気取られると面倒だったのでな」
「……まさか抜け出して来られたの?」
「ヴァージルが王城にいる間、私だけがディアに会っていると思うと優越感に浸れる」
誰もが魅了される黄金の瞳にはいじわるな輝きがあった。
クラウディアは溜息をつきたくなるのをぐっと堪える。
今頃、王城では騒ぎになっているのではないだろうか。
「心配するな、書き置きは残してある。長居はしない」
続けて、どうしても君の顔が見たくなったのだと言われたら、小言は飲み込むしかなかった。
顔を見られて嬉しいのはクラウディアも一緒だ。
「こうしているとキャンディが羨ましくなるが」
自室に招いているものの、二人はテーブルを挟んで椅子に座っていた。
触れ合うには距離があるため、シルヴェスターは少し不満らしい。
「私も猫だったら君の膝の上で甘えられただろうか」
「だいぶお疲れのようですわね」
猫でなくても、シルヴェスターなら甘やかしてあげたいと思う。
過度な接触は禁物だが、本人が望むなら頭を撫でるぐらい許されるだろう。ここはプライベートな場でもある。
けれど何故かシルヴェスターはそのことに気付いていないようだった。
いつもなら自分から手を伸ばしてきそうなのに。
(心労で考えが及ばないのかしら)
体調を窺おうと視線を動かす。
そして目が合った瞬間。
「なぁーお」
少し高めの声が紡がれた。
その衝撃にクラウディアは一瞬、息を忘れる。
シルヴェスターの頭に銀色の耳が生えているように見えた。
上目遣いで幼子を思わせる表情だったのもあるだろう。
思い人の可愛さに体が硬直する。
異変を察したのか、微睡みに目を閉じていたキャンディも起きてクラウディアを仰ぎ見た。
(えっ、えっ……シルが、鳴いたの!?)
思考が追いつかず、反応できずにいると。
「……今のは忘れくれ」
目元を赤く染めながら、シルヴェスターは顔をそらした。
あとのやり取りは覚えていない。
嘘。
覚えている。
覚えているけれど、シルヴェスターの希望もあって大事に記憶の宝箱にしまった。
大きな銀毛の猫は、ただただ可愛かった。




