19.悪役令嬢は妹にしてやられる
あれだけの美貌と色気を見せ付けられたら、惚れないご令嬢はいないだろうとも思う。
クラウディアが平静でいられるのは、娼館で多種多様な男性と過ごした経験があるからだ。
恋する少女の横顔は微笑ましい。
けれどシルヴェスターには婚約者候補がいて、クラウディアも候補の一人だ。
恋心からフェルミナがクラウディアを蹴落す可能性がある以上、のんきにはしていられない。
しかし現状、打つ手がなかった。
フェルミナが問題を起こしてくれれば、責任を問える。
前のクラウディアが断罪されたように。
逆を言えば動きがないと、対応のしようがないのだ。
(今のところ誰かを懐柔する素振りもないし)
クラウディアをそそのかそうとしてくる人物もいなかった。
前はこれでまんまと嵌められた。さも味方ですという顔をして近付いてきながら、その実フェルミナの手先だったのである。
道理で先回りや、企ての証拠を手にできたはずだ。
対立せずにいられるなら、それに越したことはないけれど。
(何か仕掛けてきそうな気配を感じるのは、わたくしのうがち過ぎかしら?)
断罪時に見たフェルミナの一面が、トラウマとなって残っているせいかもしれない。
(可愛い顔があれだけ歪むのだもの。一体どれだけの執念を――っ!?)
抱えていたのか。
その思考は、ふいにフェルミナと目が合ったことで遮られる。
お茶会の間、クラウディア同様に微笑みを絶やさなかったフェルミナが、一瞬表情を消したのだ。
いつか見た愉悦に満ちた笑顔ではない。
けれど消え去ったフェルミナの表情を見た瞬間、クラウディアの背中に悪寒が走る。
「きゃっ!?」
そして、それは起こった。
バランスを崩したフェルミナが、その場で転けたのだ。
手に持っていた紅茶を被り、ピンク色のドレスが汚れる。
「フェルミナさん!? 大丈夫!?」
慌ててクラウディアは、フェルミナを助けようと手を伸ばした。
しかしその手は握られず。
「お義姉様、酷いです! いきなり突き飛ばすなんて!」
目に涙を浮かべ、フェルミナが声高に叫ぶ。
「それほどあたしに恥をかかせて笑いたいんですか!?」
「突然何を言うの……?」
伸ばした手のやり場がない。
フェルミナの訴えに、周囲がざわつきはじめる。
(やられた! 警戒してたはずなのに……!)
けれどひとりでに転けたフェルミナを止める手立てはなかった。
どうにか状況を打破したくて、フェルミナを助けようと身を屈める。
それを察したフェルミナは自分の足で立つと、クラウディアを置いて走り出した。
「フェルミナさん、待って!」
取り残されたクラウディアは途方に暮れる。
「どうして、あんな勘違いを……」
そして悲壮感に肩を震わせ、涙を流した。
ここに侍女長のマーサがいれば、はしたない、と言っただろう。
(なりふりなんて構っていられないわ)
母親の墓石にすがりついて大声で泣いたように。
今回は泣き方こそ大人しいものの、傷付いている様子を周囲に印象付かせる。
それでいて辺りを見回し、人の配置を確認した。
幸い、近場に敵対勢力に属する者はおらず、馴染みのご令嬢たちが、すぐに慰めてくれる。
(とりあえずこの場はこれでいいわ……問題はこれからね)
フェルミナはどこへ行ったのか。
彼女を一人で行動させたくなかった。
きっと今もあることないことを口にしているはずだ。
「みなさん、ありがとうございます。おかげで救われました。フェルミナさんが心配なので探したいのですけれど……」
誰か見かけていないかと協力を仰ぐ。
するとクラウディアに同情したご令息が、フェルミナが走り去った方向を教えてくれた。
「あちらへ走って行ったよ。馬車の乗り場に行ったんじゃないかな」
「俺も見た。良かったらついて行こうか?」
王城には馬車を預けられる駐車場があり、招待を受けた貴族はそこへ家の馬車を停めていた。
どうやらフェルミナはクラウディアを置いて一人で帰るつもりらしい。
庭園から馬車乗り場までは、警備の騎士が立っていて人目もある。
下心を持った人間に襲われる心配はないが、気を使いたくなかったので付き添いの申し出は辞退した。
そこでシルヴェスターの姿を探す。
お茶会など主催者がいる催しから早めに帰るときは、一言伝えてから辞するのがしきたりだ。
フェルミナは無視したようだけれど、クラウディアまで礼を失することはできない。
目的の人物はすぐに見つかった。
というより、騒動を聞いてシルヴェスターのほうから現れた。
「話は聞いた。私が乗り場まで送ろう」




