30.悪役令嬢は薄明かりに踊る
その手に、手が重ねられる。
剣を握り慣れた手は、レステーアのものとは明らかに違った。
「無理をしないよう言っておいたはずなのだが?」
「驚かさないでくださいまし!」
後ろから耳に触れた声に、どっと力が抜けた。
顔だけで振り返ると、イタズラな黄金の瞳と目が合う。
レステーアと同じ変装をしていても、彼だけは目を隠さない限り正体を偽れないだろう。
「いつの間に入れ替わったのです?」
「会場を出たところでだ。ディアの行動力に比べれば大したことはないだろう?」
「わたくし、無理はしていませんわ」
先ほど言われたことを思いだして反論する。
仮面舞踏会に参加したといっても危険を冒したわけではない。
招待状も正規に入手したものだ。
ドレスティンとは思いがけない展開があったものの、レステーアも一緒だった。
「シルこそ、どうやってここへ?」
「ディアが動くなら報告するよう君に付けた影に言っておいた。おかげで馬を走らせることになったよ」
サスリール辺境伯領へはほんの数時間前に到着したばかりだという。
「招待状は金にものを言わせて買った。あまり治安が良い集まりではないな」
クラウディアもブライアン――商人を通すことで招待状を得ている。
ドレスティンが偽クラウディアと会うために窓口を広げていた可能性は否めない。
「こうして人が入れ替わったりもしますし?」
「公爵令嬢が変装して参加していたりな。得るものはあったか?」
「ええ、少し考えをまとめる時間が必要ですけれど」
(入れ替わったのが帰り際で良かったわ)
ドレスティンとのやり取りを見られていたらどうなっていたことか。人知れずほっと胸を撫で下ろしながら、シルヴェスターと向き合う。
黒髪にえんじ色のスーツ。
装いが同じだからか、よりレステーアとの違いが際立った。
――似たような感覚を学園でも覚えていた。
あのとき、同じ制服を着ていてもシルヴェスターは特別なのだと思い知らされた。
王族だけが持つ威圧感、気品は服装で隠せるものではない。
けれど自分を見下ろす視線が優しいことに頬が熱くなる。
そっと手を持ち上げ、訊ねられる声に愛しさが溢れた。
「一曲踊ってくれるだろうか」
「喜んで」
といっても音楽は聞こえない。
二人しかいない廊下は静まり返っている。
それでも、互いがいれば十分だった。
公爵令嬢として、王太子として生きる上で、体がダンスのテンポを覚えている。
ヒールが石畳を叩き、黒いドレスの裾が影と踊る。
「このあと時間はありますか?」
「君に急いで帰れと言われない限りな」
「もちろん言いませんわ。ですが甘い夜にはならなそうです」
ドレスティンから聞いたことをシルヴェスターとも共有しておく必要があった。ベンディン家が動いているとなれば、パルテ王国で探る対象も絞られるだろう。
偽クラウディアについては謎のままだ。
ベンディン家と手を結び、ニアミリアを婚約者にすることで何を為そうとしているのか。
正体への糸口があるとすれば香水だろうか。特注の香水がクラウディア以外へ売られることはない。
シルヴェスターと手を繋いだまま外へ出る。
見上げる空には星が瞬いていたが、背後の砦に存在をかき消された。
(ブライアンとも情報をすり合わせなければならないわね)
パーティーを楽しむ余裕がなくて残念だ。特にドレス姿のヘレンとは、もっと一緒にいたかった。
「ディア、大丈夫か?」
「ええ、シルがいてくれるもの」
抱える焦燥が伝わったのか優しく肩を抱かれる。
頭をシルヴェスターへ預ければ、安心感から不要な力が抜けた。
(シルも大変なのに)
忙しさは自分の比ではないだろう。
そんな中、駆け付けてくれたのだ。
少しでも労えることを願って肩に置かれた手を握る。
まだ夜は終わりそうにない。




