09.悪役令嬢は現状を知る
シルヴェスターは胸に置かれた手を握り、クラウディアと額を合わす。
「ディアに感謝を。いつも君の言葉、存在に私は救われている……いざ言葉にしてみると、どうしてもありきたりなものになってしまうな」
「十分ですわ」
「だがこれだと完全に気持ちを伝えられているとは思えぬのだ」
顔が近付き、互いの鼻頭が重なる。
口付けは軽く、唇が合わさる程度だった。
それでも離れ際に余韻を残していく。
まだ息が触れる距離。
「ディア、愛している」
「わたくしも愛していますわ、シル」
次いで握られた手にキスを落とされた。
上目遣いで濡れた黄金の瞳を向けられてドキリとする。
――濃厚な香りに包まれていた。
今更ながらに香りが空間を彩ることを思い知らされる。
クラウディア、シルヴェスター、それぞれの芳香が混ざり、満ちる。
日の光は遠ざかり、夜の帳が下りていた。
また手にキスが落とされる。
指、そして甲へ。
目が伏せられて黄金の瞳が隠されても、銀色の睫毛が思いをこぼす。
薄暗い中でもはっきりと見て取れるシルヴェスターの滴るような美しさに頭がクラクラした。
丁寧な口付けが伴う熱に煽られる。
強く求められないのは、時間が有限だからだろう。その分、否も言えず、体の芯に火が灯り続ける。
静寂が続く中、吐息を漏らしたのはどちらだったか。
手が解放されたのを機に、クラウディアは喉を潤した。
シルヴェスターも仕切り直すように紅茶を飲む。
ついティーカップに付けられた唇へ目が行ってしまい、慌てて視線を逸らした。
「ウェンディ嬢のことも気になるが、まずはパルテ王国についてだな」
「はい、どうして今になって婚約者候補が増えることになったのでしょう?」
情勢によっては他国の令嬢が婚約者候補に入ることもあるが、今代では自国の令嬢に対象が絞られていた。
比較的、世界情勢が安定している間に、国内の体制を盤石にしようと考えられたからだ。
「パルテ王国内にて、我が国に対する敵対感情が高まっている。一触即発と言えるほどにだ」
「まさか……」
一触即発、それは戦争も視野に入っているということだった。あまりの事態に続く言葉が出てこない。
ハーランド王国とパルテ王国は長年友好関係を築いている。
この突然の敵意にはシルヴェスターも苦心しているらしく、珍しく眉根にシワが寄っていた。
「私もまだ信じられない。予兆はあったが、あくまで予兆に過ぎない程度だった。こうも事態が急変するとは……民主制の落とし穴を学ばせてもらった気分だ」
君主制であるハーランド王国では、国王が決定権を持つ。
だからどれだけ国民感情が昂ぶろうが待ったをかけられた。
もっといえば、その間にいる貴族が先に統制をおこなうので、いきなり国民感情が爆発するようなことはない。
暴動が起きたところで、基本的に各領地内でことは治まるからだ。
けれど民主制であるパルテ王国では事情が異なる。
国民から選出された議会員に比べ、国王の意向は優遇されるものの決定権はない。
有力家族が貴族と同じ働きを担っていても、法で定められている貴族制とは違う。もし私兵を動かして国民を統制しようとすれば、越権行為として有力家族のほうが罰せられた。
「パルテ国王をもってしても、国民感情を抑えることができませんの?」
「その段階にまで至ったようだ。ニアミリア嬢の同行が、事態の緊迫具合を表している。ここまで感情的にパルテ王国が動くのは想定外だ」
パルテ王国民の不満の種は、パルテ王国がハーランド王国と紛争地帯の壁になっていることにあった。実際、南西部に位置する辺境伯は、今や名前だけの存在になりつつある。
いくら防衛費をあてがわれていても、戦い、血を流すのはパルテ王国民だけだ。
これではハーランド王国の属国と変わらないじゃないか、というのが国民の訴えだった。




