08.悪役令嬢は夕日に目を奪われる
使いの者に案内されて、何度も訪れた応接室へ入る。
見慣れた景色が広がっているはずなのに、ドアをくぐった瞬間、鮮やかな色に目を奪われた。
(ニアミリア様を彷彿とさせるわね)
赤ともオレンジともつかない夕日が空を、室内を染めていた。
眩しいというほどではないものの、赤色の存在感にしばし圧倒される。
部屋にいたシルヴェスターもクラウディアの視線を追い、束の間二人で空を眺めた。
「だいぶ待たせてしまったか」
「いいえ、他の方のお見送りをしていましたから、あまり待った感覚はありませんわ」
促されてシルヴェスターの隣へ腰を下ろす。
部屋の様子がいつもと少し違うのは、テーブルに地図が置かれているからだろうか。
簡単なものだけれど、ハーランド王国をはじめバーリ王国、パルテ王国、以下乱立している国々の位置がわかるようになっている。
話を整理するために用意されたらしかった。
シルヴェスターが紅茶を一口含んでから声を発する。
「ウェンディ嬢にも言ったが、婚約者候補についてはまだ協議中で決定には至っていない」
だが、と続く言葉があった。
「概ね決定しているというのも事実だ。数日中には公式に発表されるだろう」
「何があったのです?」
ウェンディによる糾弾、そしてニアミリアの発言に動揺しなかったといえば嘘になる。
それでも先に状況を把握したかった。
(わたくしの知らないところで何が起きているの)
テーブル上の地図を見て、落ち着こうと自分を律する。
ことは国内だけの問題ではないのだ。
しかしそんなクラウディアに対し、シルヴェスターは眉尻を下げる。
いつになくわかりやすい表情に自然と笑みがこぼれた。
「怒ってはいませんわ。シルは決定してからニアミリア様について話してくださるつもりだったのでしょう?」
シルヴェスターの膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。
正式に決定するまでシルヴェスターが出来る限り抗おうとしてくれていたのを察したからだ。
でなければ話があった時点で、それとなくクラウディアにも伝えられていただろう。
シルヴェスターだけではない。議会には父親もいる。
簡単には受け入れられない話だからこそ、クラウディアにまで情報が届かなかったのだ。
逆にウェンディは賛成派から情報を得たとも言える。
(トーマス伯爵から聞いたのかしら)
もしくは彼女の父親から。けれどその可能性は低いように思えた。
現婚約者候補の家にとって、新しい婚約者候補の擁立は何の得にもならない。
「すっかり後手に回ってしまい面目ない」
「お気になさらないで。ウェンディ様というイレギュラーもございましたから」
彼女の発言がなければ、ニアミリアも公言を控えていただろう。
最初から言うつもりなら、入場時などニアミリアにとって適した場があった。
あの状況だからこそ、彼女は自分の意向を表明できたのだ。
シルヴェスターが自分を責める必要はどこにもない。大丈夫、わかっています、と伝えれば、黄金の瞳が切なげに細められた。
「ディアと接していると、たまに言葉に詰まりそうになる。胸に去来する感情を上手く言葉にできぬのだ」
視界で銀髪が光を弾く。
次いで温もりに包まれ、クラウディアも大きな背中へ手を伸ばした。
「わたくしも感情を言葉で表せないときがありますわ」
そうか、と熱のこもった声が耳朶を撫でる。
少し低めの魅惑的な声音に腰が浮きそうになった。
夕暮れ時、空の色が移り変わる刹那に気持ちが寄せられているのだろうか。
(真面目な話をしているのだから反応しないの!)
焦りが勝り、若い我が身に言い聞かせる。
心拍数が跳ねたのを気取られたくなくて、そっとシルヴェスターの胸を押して二人の間に空間を作った。
顔が赤くなっているのは夕日のせいにしたい。




