40.王太子殿下は苦悶する
要望を受け入れられた喜びと、気が利かない自分の至らなさに発狂しそうになる。
(私は大バカ者だ!)
無防備なクラウディアを人目に晒す選択をしてしまうなんて。
侍女たちが周りを固めているだろうが、女性だからといって安心できるのだろうか。
ことクラウディアに関しては、性差はないように感じられた。
夜を共にする期待と不安。
今まで経験したことのない感情の波に襲われ、まともに思考が働かない。
ただでさえ恋愛関係では間違うことが多いのだ。
昨日もミスしたところである。
(下手だと思われて嫌われたらどうする? いや、本番はしないが)
一度はじまってしまったら、止められる自信は皆無だった。
だからあくまで一緒に過ごすだけに留めるつもりだ。
同じベッドで眠りたいとは思っているけれど。
(触れなければ大丈夫なはずだ。暴走したら、それこそ失望されるぞ)
有言実行の大切さを胸に刻む。
欲望を隠さないとしても、クラウディアが大事にしたいものを壊すつもりは毛頭なかった。
入浴が終わっても悶々とした気分は晴れず、酒のボトルに手をかける。
(待て、理性を失うわけにはいかない)
酒は考える力を鈍らせる。
弱くはないがリスクが僅かでもあるなら避けるべきだろう。
仇のように酒のボトルを睨み付ける。
酒のボトルからしたら八つ当たりもいいところだ。
それからほどなくしてクラウディアの来訪が告げられた。
最初は立って出迎えようと思った。
手を広げ、よく来てくれたと。
しかし招待状を送ったわけでもなく、今からパーティーがあるわけでもない。
部屋着での迎え方としては仰々しい気がした。
(正解がわからぬ……!)
これ以上、クラウディアを待たせるわけにもいかず、結局ソファーに座ったまま彼女を迎えた。
(偉そうに見えていないだろうか)
身分でいえば、シルヴェスターより偉いのは父である国王ぐらいだ。
だからといって愛する人に高圧的で良い理由にはならないし、そんな相手を従えるような関係は願い下げだった。
クラウディアも望まないだろう。
心証が悪くならないか心配になるけれど、長続きはしなかった。
現れたクラウディアに見蕩れてしまったからだ。
まだ完全に乾いていない黒髪は、普段と比べてボリュームが少なく。
それだけで限られた者しか見られない姿だとわかる。
しっとりした肌が薄暗い照明の下、艶めかしく映った。
潤んで見える青い瞳はどの宝石よりも美しく魅力的で、そこへ映り込む自分が誇らしい。
彼女が自分だけを見ている事実が嬉しかった。
落ち着かない様子なのは、お互いに部屋着だからだろう。
普段の隙のない佇まいからは想像できない可憐さに、今にも押し倒したい衝動に駆られる。
けれど先に後悔が溢れた。
「部屋着の君を晒すなんて、私はどうかしていた」
やはり自分が訪ねるべきだったのだ。
頭を抱えたくなるが、クラウディアから視線を外せない。
気付いたときには手を伸ばしていた。
伝わってくる体温に、神経どころか理性まで焼き尽くされそうになるが何とか耐える。
「この上着を脱がす権利を私にくれるか?」
自分でも驚くほど甘えた声が出た。
どこにそのような声帯があったのか。
情けなくも聞こえるが、口から出た言葉をなかったことにはできない。
シルヴェスターはクラウディアの答えを待つしかなかった。
柔らかな二つの膨らみ越しに見上げる背徳感に項がゾクゾクする。
この状況を許されているのが不思議だった。
それだけクラウディアも自分を愛してくれているのだと思うと感極まる。
恥じらいながら頷きが返ってくると、じっとしていられなかった。
吹けば吹き飛ぶ綿に触るかのように、殊更優しくクラウディアの肌を指で伝う。
腰から背中へ、指の腹だけで触れた。
(怖がらせてはいけない)
男と女では体の作りが違う。
ヴァージルほどではないが、シルヴェスターもクラウディアからすれば力のある大きな男だ。
振る舞いを間違えれば、すぐに威圧感を覚えるだろう。
慎重に立ち上がり、肩へ指を滑らせるとその華奢さに戦く。
デコルテを出すドレスでも見慣れているはずなのに、部屋着で無防備さが強調されているためだろうか。
すっぽり手の平に収まる肩、触れた肌から伝わる微かな震えに、より優しくせねばと意識を改める。
しかし色付く頬に情欲をかき立てられた。
上着のガウンを脱がす瞬間に垣間見た、細く白い首筋が脳裏から離れない。
すぐにでも全身へ口付けたい衝動を堪え、クラウディアの手を引く。
ベッドへ誘えば、従順に応じられた。
抵抗なく静かについてくるクラウディアに、何故か目頭が熱くなる。
この愛おしさをどう表現すればいいのかわからなかった。




