29.悪役令嬢は商館を訪問する
事前に資料を読んでいたものの、商館を目の当たりにするとクラウディアは圧倒された。
宿泊場と倉庫も兼ねているものだから、とにかく規模が大きい。
何区画にもわたる敷地のおかげで、商館というよりリンジー地区といった具合だ。
建物が同じ建築様式で揃えられているため、余計その色が強かった。
白砂岩の壁に紺の三角屋根は涼しげでいいけれど。
これを娘にプレゼントしてしまう公爵の考えはいかに。
(お兄様も全く反対されなかったわね)
むしろ推された。
まだしばらく公爵家の金銭感覚に慣れそうにない。
「クラウディア様、ご足労いただきありがとうございます」
馬車を降りたところで、現地の担当者――オーナー――に出迎えられる。
オーナーに限らず、手の空いている従業員は出揃っていた。
一斉に頭を下げられる光景は圧巻だ。
「お出迎えご苦労様。みなさんもお忙しい中、顔を見せてくれて嬉しいわ。あとはオーナーに頼むから職場に戻って頂戴」
しかし誰も動こうとしない。
どうやら普段はお目にかかれない公爵令嬢が物珍しいようだった。
「申し訳ございません、すぐに捌けさせます」
しまいにはオーナー自ら急き立てる。
自分が留まっているのも悪いのだろうと、クラウディアは早々に案内を受けることにした。
「では各建物を説明させていただきます。利用客はもちろんのこと、働き手もアラカネル連合王国の人間が大半です」
商館の利用は現地の商人に限られる。
宿泊場や併設されている料理店に関しては商人以外も利用できるが、現地人の利用がメインだった。
「特に料理店は商人はもちろん現地の方にも人気です。リンジー公爵家の産地直送を食べられるのは、ここだけですから」
領地の主な輸出品は日持ちする農作物だったり、その加工品だ。
中でもワインが売れ筋だった。
料理店は商品の試食の場も兼ねていた。
商人はそこで自分が買った品をどう展開すればいいのか学べるため好評のようだ。
クラウディアたちが滞在しているアラカネル王家が治める島はそうでもないが、アラカネル連合王国に所属する島々には農業に適さないところも多い。
ハーランド王国へわたることなく、農作物や加工品が手に入るのは重宝されているようだった。
(わたくしが口を出すまでもないわね)
説明を聞く限り売上げは右肩上がりで、運営に不備はない。
良物件だからこそプレゼントされたのだろうが、利益は予想以上だった。
父親やヴァージルからすれば、たかだか商館の一つである。
手放したところで公爵家の財政はビクともしない。
そのスケールの大きさに、目が回りそうになる。
改めると父親の手腕は侮れなかった。
過去の所業にはもの申したいが、公爵として有能なのは認めざるをえない。
(これだけの規模をずっと維持されているのだもの)
しかもプレゼントされた商館に至っては、新たな試みだった。
権力の上に胡座をかく貴族も多い中、父親はさらなる発展を視野に入れているのだ。
一通りの説明を受け、人心地ついたところでシルヴェスターからの報せが届く。
あまりの内容にざっと血の気が引いた。
顔色が見るからに悪くなったのだろう、すぐにヘレンが背中を支えてくれる。
「シルは……殿下は大丈夫なのね?」
「傷一つございません。現在はスラフィム殿下と共にホテルへ戻っておいでです」
報せを持って来た使いとは、運悪くホテルで入れ違いになったようだ。
ホテルで聞けていれば、今頃シルヴェスターと合流できていた。
「スラフィム殿下の下、警備体制が見直されています。建物の中や、馬車で移動する分には問題ありません」
ホテル同様、商館も宿泊場や料理店を除いては関係者以外立ち入り禁止だ。
クラウディアの周辺に至っては、護衛が守りを固めている。
大通りを進む馬車も賊が襲うには無理があった。
人混みをかき分けて護衛を突破するなど不可能だからだ。精々、歩行者からものを盗るのが限度である。
今回の事件は無差別に起きており、シルヴェスターも王太子だから狙われたわけではなさそうだった。
気持ちを落ち着かせるため、ふうーと長く息を吐く。
焦ったときは矢継ぎ早に息を吸ってしまうが、吐いて肺を空にしない限り、新しい空気は吸えない。
大きく二度深呼吸すると、ほっと体から無用な力が抜けるのが実感できた。
シルヴェスターからの使いには、知らせを承知したこと、クラウディアは無事であることを伝えに帰ってもらう。
商館は順調のようだし、この状況下ではあまり長居しないほうがいいかと考えたところで、新たな使いがやって来る。
(枢機卿からですって?)
訪問してきたのは、ナイジェル枢機卿の先触れだった。
昼に訪問する旨を告げられて悩む。
(犯罪ギルドと枢機卿、立て続けに接触することになるなんて、きまぐれな神様に試されているのかしら?)
昨日シルヴェスターから関わらないようにと強く言われた矢先である。
流石のシルヴェスターもここまでは予想していないだろうが。
クラウディアは、ナイジェル枢機卿の思惑が気になった。




