25.悪役令嬢は連合王国の王子に相談する
時は遡って、シルヴェスターが散歩へ出かけた頃。
ホテルの食堂にクラウディアとスラフィムの姿があった。
シルヴェスターとの件でスラフィムとも夕食を共にする気になれず、朝食に機会を設けてもらったのだ。
夕食を断った理由は疲労にしていた。
(これでは完璧な淑女失格ね)
どんなときも態度を変えないのが理想だろう。
しかし今は公務中ではない。
むしろ私的訪問なのだからと、ヘレンから休むことを薦められた。
「お疲れは癒えましたか? 気が利かず面目ないばかりです」
「いいえ、わたくしこそ後先考えずはしゃいでしまって、お恥ずかしいですわ」
「満喫していただけたなら幸いです。馬車で移動するにも時間がかかったでしょう?」
「活気が感じられて、かえって楽しめましたわ」
スラフィムの希望通り、異国情緒の面白さを伝えれば会話に花が咲いた。
それでもふとした瞬間、シルヴェスターが傍にいないことに寂しさを覚える。
(自分勝手だわ)
シルヴェスターがトリスタンと散歩へ出かけたのは聞いていた。
きっとシルヴェスターも昨日のことを引きずっているのだろう。
考えると憂鬱になりそうで、意識を目の前の人物に集中させる。
長いブロンドに乱れはなく、動けばサテン生地のように光が波打つ。
淡い水色のジャケットがよく似合っていた。
焼き菓子の件ではスラフィムなりの訴えがあったが、本人の言葉通り、それ以後の会話は政治から離れている。
聞き役が得意なようで、クラウディアの周囲にいる男性とは毛色が違った。
柔らかい目差しを向けられると、ついつい口を開いてしまう。
シルヴェスターと同じ王太子である彼から意見を聞いてみたくなったのもあった。
「全く関係のない質問をしてもよろしいですか?」
「ええ、自分に答えられることでしたら何でも訊ねてください」
「正しいことだと頭ではわかっていても行動に感情が伴わないとき、スラフィム殿下ならどうなされますか?」
「ふむ……感情が否定的な場合ですね」
シルヴェスターとの件に限らず、誰しもが経験することだ。
いつもなら整理がつくが、今回に限っては消化不良を起こしていた。
人生の先輩にあたるスラフィムならどう対処するのか参考に聞いてみる。
「必ずしも行動しないといけない場面でないなら、感情を優先します。やりたくないなら、やりません。自分たちのような立場では、そう言っていられないことが多いですが」
「そうですわね。ままなりませんわ」
「だからといって自分の気持ちを無視し続ければ、いずれ参ってしまうでしょう」
どれだけ体が丈夫な人でも、心を壊せば生きていけない。
スラフィムの考え方も一理あると頷く。
「解決法を模索されているクラウディア嬢は凄いと思います」
「そうでしょうか」
褒められても、いまいちピンとこない。
そんなクラウディアに、スラフィムは優しく説く。
「思考停止して、あとで買い物や食事でストレスを発散される方が多い印象です。クラウディア嬢は行動を起こす前にしっかり自分と向き合っておられます」
「けれどまだ出口が見えたわけではありませんわ」
「急を要する問題でなければ、焦らずともよいでしょう。自ら出した答えを誰かのせいにしない限りは大丈夫だと、自分は考えます」
あとは、と思考を巡らせながらスラフィムは口を動かす。
相談に付き合ってくれる親身な態度に、凝り固まっていた心が解されるのを感じた。
ストレッチに付き合ってもらっているような感覚だ。
「これは一つの判断基準ですが、人を傷付けてまで自分の心を優先したいかどうかです」
「人を……」
「誰かを悲しませても貫き通す意志があるかですね。極論かもしれませんが、自分の場合、守るべき国民、領民を傷付けてまで己を優先することはあり得ませんから」
それをするのは暴君だけだとスラフィムは言う。
悲しませる対象は、そのときの問題によって変わるけれど。
「親しい人、愛する人を傷付けて後悔しないか。相手と話し合える環境があるなら、悔いが残らないようとことん話すのが良いと思います」
(これは見透かされているかしら?)
何について悩んでいるのか、詳細は伝えていない。
けれどスラフィムは、クラウディアの悩みがシルヴェスターとのことだと見抜いたようだ。
席を共にしていないのだから、わかりやすいかもしれないけれど。
(もっとシルと話すべきね)
昨日は急に突き放されたように感じられたけれど、シルヴェスターにその意図はないはずだ。
愛され、大事にされているのは確かなのだから。
「ありがとうございます、とても参考になりましたわ」
「良かった。クラウディア嬢の憂いが少しでも晴れることを願っています」
慈愛に満ちた表情を向けられ、クラウディアに照れが入る。
付き合いが長いわけでもないのに、見守られている感じがした。
二十四歳のスラフィムからすれば、社交界デビューを終えたとはいえ、まだ学園に通うクラウディアは子どもに見えるのかもしれない。
「このあとは商館に赴かれるんですよね? ご一緒できないのが残念です」
「機会があれば、アラカネル連合王国の商いについてもご教授いただけると嬉しいですわ」
「ええ、ぜひ」
春の日差しを思わせる優しい笑みにほっとする。
押しつけがましくないスラフィムの姿勢には、ただただ好感が持てた。




