10.悪役令嬢は口を滑らせる
「何か欲しいものはあるか?」
帰宅後、夕食の席でクラウディアは父親から欲しいものを訊ねられた。
突拍子なく聞こえるが、誕生日が近付いているためだった。
夏の長期休暇前にクラウディアは誕生日を迎える。
今年も広間で盛大な誕生日パーティーがおこなわれるのが決定していた。
侍女長のマーサなんかは既に手配で忙しそうだ。
訊かれて、パッと思い付いたのは一つだった。
「娼館……」
帰宅する馬車の中で延々考えていたせいかもしれない。
以前の訪問で出資者にはなったが、それでは足りないと痛感させられたばかりだ。
もっと言うなら公娼の設立だが、無茶である自覚はあった。
しかし、その望みを口に出した自覚はなく。
「ふむ、クラウディアは商売に興味があるのか」
「えっ……! すみません、違います!」
(わたくしったら何を口走っているの!?)
血の気が引いた。
珍しく会話に集中できていなかったようだ。
焦るクラウディアに対し、父親が気にした様子はない。
(お父様も娼館に興味がおありなのかしら?)
興味がない男性はいない気もする。
「心配するな、責めていない。貴族が商売に関わることに難色を示す者もいるが、私は違う」
「クラウディアさんはエバンズ商会とも関わりがありますから、興味を抱いてもおかしくありませんよ」
(リリスさんまで!?)
娼館が欲しいことを受け入れられ仰天する。
それはそれで素直に喜べなかった。
(淑女として頑張ってきたつもりなのだけれど)
完璧な淑女は、間違っても娼館なんて口にしない。
眉根を寄せられるどころか肯定されたとなれば、常日頃から興味があると思われていたことになる。
「昨年、新しくアラカネル連合王国にも建てたところだ」
「お父様が!?」
「意外か? 正直なところ短い距離とはいえ海路を挟む分、不安はあった。だが幸いにも我が家には挑戦できる余裕がある。失敗も学びだと、踏み切ることにしたのだ」
リンジー公爵家の領地は内陸北部に位置するため、海路を使うことがない。
ノウハウがないことに挑戦してまで、父親はアラカネル連合王国に娼館を建てた。
(そこまで娼館に思い入れがあったなんて……いえ、ちょっと待って)
どうも話の流れがおかしい。
父親やリリスのみならず、ヴァージルまで平静を保っている。
自分と同じ青い瞳に理性を見て、クラウディアは頭を冷やした。
クラウディアに対しては氷の貴公子という異名をかなぐり捨てる兄が、「娼館」というフレーズに無反応なのはあり得ない。
確実に話が食い違っている。
勘が警鐘を鳴らしていた。
(リリスさんは、ブライアンのエバンズ商会を引き合いに出したわ)
エバンズ商会は娼館を経営していないし、父親も商売に焦点を当てていた。
いくら商売に興味があっても、真っ先に娼館を欲しがる貴族はいないはずだ。領地の特産品を売るなど、もっと無難な選択肢がある。
ここでようやくクラウディアは父親の聞き間違いに思い当たった。
(お父様は娼館ではなくて、商館と思われたのだわ。わたくしが娼館と口走るなんて念頭にないはずだもの)
商館は、商人や貴族が他国で商売するために設ける施設だ。
リンジー公爵家の支店とでも言えばいいか、領地の特産品を現地の商人に売るための拠点である。
本来は商人のほうから複数の貴族へ声をかけて建てるのが一般的だが、リンジー公爵家には単独で建てられるだけの土台があった。
商売に理解のある父親は、既に何人もの有能な商人を囲っている。
商館も彼らに任せれば経営が傾くことはなかった。
どちらにせよ大それた望みである。リンジー公爵家の拠点を一つ寄越せと言っているのだから。
ふざけるなと怒られるのが普通だ。
忘れてくださいとクラウディアは恐縮するものの、遂にはヴァージルから後押しされる。
「父上、商館の一つぐらい良いじゃありませんか。しっかりした担当者を付ければ、ディーも困らないでしょうし」
「ふむ、そうだな」
(それで納得されてしまうの!?)
「アラカネル連合王国の商館をクラウディアに任せるか。私の手垢が付いていないほうが良いだろう」
大き過ぎるプレゼントに顔を引きつりそうになるのを必死で耐える。
どう考えても、貴族令嬢に与えるものではない。
「エバンズ商会と上手く関係を築けているくらいだ。好きなようにやってみなさい」
ましてや自由に扱うことが許されるなんて。
アラカネル連合王国の商館は、父親自身が失敗も学びだと建てたものだ。
クラウディアのものになったところで同じだと考えたらしい。
文化祭など、これまでの手腕が認められた結果でもあった。
公爵家の金銭感覚に心の中で暴風が吹き荒れるが、クラウディアは満面の笑みを作るのを忘れない。
「あ、ありがとうございます……! 精一杯励みますわ」
うっかり娼館とこぼしてしまった手前、断りようがなかった。
何故断るのかと勘ぐられて、実は違ったと気付かれるほうが危うい。
(商館なんて、どう扱えばいいのよ!?)
美容に関してなら一家言を持っている。
領地の特産品についても知識はあるが、商人と交渉できるかは未知数だ。
嬉しそうに振る舞いながらも、クラウディアは途方に暮れた。




