06.悪役令嬢は義憤に駆られる
確かにオーナーは、サニーを指して見苦しいと言ったのだ。
(サニーが平民だから? それとも娼婦だから? あんまりだわ)
店の客に違いないだろうに。
サニーの存在を不快に感じたと思われたのも納得がいかなかった。
気が強く見られる自覚はあるけれど、嫌悪感を露わにした覚えはない。
「わたくしは気にしないわ。中断させてごめんなさい、お買い物を続けてくださると嬉しいわ」
前半はオーナーへ、後半は店を出ようとしていたサニーへ向けた言葉だ。
(きっとケイラお姉様のお使いで来たのよね)
若手娼婦が先輩娼婦からお使いを頼まれるのはよくあることだった。付き人ならば仕事の一つでもある。
ここで買い物ができないと、サニーもケイラも困るだろう。
すっかり恐縮しているサニーへ優しく笑む。
「知り合いに似ていたから、つい見てしまったの。気分を害してしまったわね」
「い、いいえ、あたしは……」
どうしたらいいのか迷っている様子だったので、重ねて用事を優先させて欲しいと伝える。
「勝手な言い分だけれど、邪魔をしたままでは心苦しいわ」
ついでにどの商品が人気かも教えてもらい、話を広げた。
気さくに会話を続ければ、少しずつサニーの緊張は解けていった。
それぞれの買い物を終える頃には笑顔を見られてほっとする。
自分のせいで嫌な気持ちを抱えてほしくなかった。
クラウディアが馬車を待つ間、サニーは一足先に退店する。
そのとき深々と頭を下げて感謝され、彼女の性格の良さを知った。
気弱な面が目立つけれど、礼節を重んじる真面目さが印象に残る。
なのに男性客から殴られても、彼女は娼館に居続けなければならないのだ。
(やるせないわ)
どうすればサニーのような人を救えるだろうか。
個人では無理なことはわかる。
社会制度を改めるしか方法がないことも。
現状、それが難しいことも。
やってできることなら、とうに実施されている。
考え込むクラウディアの横で、オーナーは顔を青くしたままだ。
公爵令嬢の勘気に触れたとなれば、致し方ない。
彼にしてみれば明日から営業できなくなっても不思議ではないのだから。
(オーナーにとっては普通の対応なのよね)
平民を見るだけで眉根を寄せる貴族は少なからずいる。
同類と思われたのは癪だが、オーナーが特別悪いわけでもなかった。
それだけ身分差による溝は深い。
時間経過と共に気が咎めてきて、クラウディアは言葉を添えた。
「色んなお店を見て回って疲れていたみたいだわ。先ほどのことは忘れてもらえると助かるのだけれど」
「はい! 自分のほうこそ配慮が足らず、申し訳ありませんでした!」
クラウディアが笑顔を見せればオーナーに血色が戻る。
わだかまりがなくなったところで、迎えの馬車が到着した。
店から出ると聞き覚えのある声が耳に届き、視線を向けざるをえない。
先に帰ったはずのサニーの声だったからだ。
彼女は見知らぬ男に絡まれていた。
「お前、フラワーベッドの娼婦だろ? こんな時間から男探しか?」
「すみません、急いでるんです」
「何だよ、少しぐらい良いだろ」
男がサニーの手を掴んだのを見て、助けるよう護衛に目配せする。
しかし護衛が動くより早く、フードを被ったマント姿の男が二人へ割って入った。
「悪いな、営業時間外だ」
「あ? おれが先だぞ!」
「営業時間外だって言ってんだろうが!」
「うごっ!」
ドッ、という音と共に絡んでいた男が崩折れる。
腹を一発殴られたようだ。
「ほら、走れ!」
「う、うん……!」
フードの男がサニーを連れて逃げる。
娼館の護衛かとも思ったけれど見覚えはない。
しかしフードの男が踵を返した瞬間、光るものが見えてクラウディアは首を傾げた。
(知らない人のはずなのに、どうしてデジャヴを感じるのかしら?)
逆行前に似たような経験はなかったはずだ。
見えた長い金髪がスラフィムを連想させたからだろうか。
体格も似ていたように思う。
「何だか彼女は災難続きでしたね」
ヘレンの言葉に深く頷く。
「買い物するだけでも、こんなに大変だなんて驚いたわ」
普段は今日ほどでないとしても。
(娼館で働いていても、街娼と同じ扱いを受けるのね)
街娼とは、街頭で誘客する娼婦のことだ。
街娼もバックには犯罪ギルドがいるものの、個人で客引きをする分、悪い客に当たりやすい。
乱暴され、殺されることも日常茶飯事だった。
その点、クラウディアの古巣でもある娼館「フラワーベッド」は、入館に一定の条件を設けているため他と比べて客層はマシなほうだ。といっても、以前クラウディアが男装して訪れたときには一悶着あったが。
街娼より娼館で働くほうが危険度は下がる。
人気があれば娼館から護衛も付けてもらえたが、客からすれば娼婦に違いはないようだった。
(わたくしは運が良かっただけだわ)
早くに人気が出たクラウディアは、外出時に必ず護衛が付いていた。
おかげで悪漢に絡まれた経験はない。
(娼館の出資者になったところで焼け石に水ね)
平民の中でも、娼婦の地位は低かった。
彼女たちを平等に守るため、自分には何ができるか。
掲げた問いへの答えは、簡単に出なかった。




