46.悪役令嬢はおめかしする
クリノリンというスカート用の下着がある。
ドーム型にスカートの形を維持するための骨組みで、正直、下着というと違和感があった。
姿見で装着を確認すれば無骨さが目立つ。
(単体だと建材にしか見えないわね)
今日のクラウディアはスカートにボリュームを出すかわりに、コルセットをつけなかった。
日々の鍛錬でコルセットいらずの体型なのもあるが、クリノリンのおかげでくびれが自然と強調されるからだ。
ただ普段より重さが勝ってしまうため、靴はヒールのないものにしてある。
どうせスカートで隠されて足元はほとんど見えない。
「クラウディア様、本当にお一人で大丈夫ですか?」
「心配しないで、一人といっても護衛騎士は同行するから」
これから向かうのは、レステーア主催のお茶会である。
そのために着飾っているのだが、同伴の必要がないと言われたヘレンは心配を隠そうとしなかった。
クリノリンをつけると動きが制限されるせいもあるだろう。
ドアの開け閉めなど、より侍女の手が必要になる。
ただ護衛騎士がいれば、代わりに動いてくれた。
「シルとも相談して、相手方に配慮することにしたのよ」
学園の案内を名目に、ラウルとは話ができた。
けれどレステーアはそれだけでは満足できなかったようで、予定通りお茶会の招待状を送ってきた。
ハーランド王国側からは一人だけが招かれるお茶会だ。
多少の不安はある。
「侍女を連れていかないことで信頼をアピールするの」
本当のところは違うが、わざわざヘレンに言う必要はない。
レステーアの警戒心を緩めたいのも本心だった。
相手に隙が生まれることを願う。
(絶対何か企んでいるでしょうから)
支度を終え、馬車へ向かった先で苦笑が浮かんだ。
いつもなら片開きで済むドアが、両開きになっていたからだ。
それだけクリノリンは場所を取った。
「クラウディア様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「ええ、いってくるわ。帰ったらキャンディを触らせてちょうだい」
子猫の名前を出すと、ようやくヘレンの頬が緩む。
「かしこまりました。毛が飛ばないようブラッシングしておきます」
「よろしくお願いするわ」
座席につき、ドアが閉められるのを待つ。
ヘレンへ手を振ったところで、馬車は動き出した。
「さて、レステーア様は何をする気かしら?」
独りごちながら、シルヴェスターと用意した手土産に手を伸ばす。
結局ラウルについて確証は得られなかったけれど、クラウディアが感じたことは全て報告した。
ラウルもレステーアを警戒していること。
責任を感じていること。
クラウディアほどではなくとも、ラウルの人となりを知っているシルヴェスターには、それだけでも役に立ったようだ。
ただ状況は刻一刻と変わっていく。
ラウル自身が諦めたくないと口にしたように。
「ここが勝負所かしら」
異母妹のフェルミナとの一件で学んだことがある。
受け身では、事態は変わらないということ。
現状維持はできても、それ以上はない。
状況を打開するには行動あるのみだった。
人として堕ちなければ、応援だって得られる。
「あなたはどうなのかしら」
レステーアとフェルミナは違う。
フェルミナはただただ自分のためだけに、自分の正義を貫いた。
レステーアに問えば、国のため、ラウルのためだと答えるだろう。
ならばレステーアとクラウディアなら、何が違うのか。
考えている内に、馬車はお茶会の会場である女子寮に着いた。
女子寮は王都にあった空き家を借りているに過ぎない。
空き家といっても元は貴族が所有していたもので、広さは女子寮として使えるほどだ。
宮殿をイメージさせる公爵家とは違い、木骨造である女子寮は素朴な風合いがあった。
急勾配の赤い屋根から煙突が突き出ているのが特徴的だ。
(高さがあるようでないのね)
窓の配置から二階建てだとわかる。
それでも木枠で飾られた窓や外壁は賑やかな印象があって、賃貸にもかかわらず女子寮の姦しさを表しているようだった。
「ようこそおいでくださいました」
「本日はお招きありがとうございます」
エントランスに立つレステーアは、今日も貴公子然としている。
さらりとした青髪には乱れがなく、オーダーメイドされた礼服がスマートさを引き立てていた。
澄んだ碧眼に促され、エスコートを受ける。
スカート幅のせいでレステーアの腕に手をかけられないが、彼女はこういった場合のエスコートも慣れているようだった。
視界の端では護衛騎士が使用人に手土産を渡していた。
「侍女はお連れにならなかったんですね」
「ええ、連れてきても壁の一部になるだけでしょうから」
同伴を許されたとはいえ、一緒に席につくことはできない。
貴族と平民。身分に関する意識は、バーリ王国も変わらなかった。
「では護衛騎士の方々は、こちらの部屋で待機願います」
クラウディアとは別に、護衛騎士も案内を受ける。
お茶会の会場である部屋の前までくると、使用人が両開きのドアを開けてくれた。
見えた部屋の内装に違和感を覚えた瞬間――レステーアが離れ、背中に衝撃が走る。
「きゃっ!?」
咄嗟にクリノリンを掴んでバランスを保とうとするも、自重に耐えられず骨組みが歪んだ。
結局、前屈みで倒れてしまう。
不幸中の幸いは、歪みつつもクリノリンがクッションになってくれたことだろうか。
辛うじて上半身が支えられ、ケガは免れた。
ヒールのない靴を履いていたのも大きい。
何とか後ろへ振り返ったクラウディアは、愕然とする。
「まさか閉じ込められたの?」
そこにレステーアの姿はなく、替わりに閉じられたドアが沈黙を守っていた。
「レステーア様!」
立ち上がって名前を呼ぶも、反応はない。
倒れるとき、ちらりと見えた衝立に嫌な予感がした。
あの先に何があるのか。
不気味な静寂が、部屋を支配していた。




