45.王弟殿下は光を見る
話を振ってから、そのつまらなさに気付いた。
(何が暴走する馬車だ! 学園のこととか、もっと話題はあっただろう!?)
バカにもほどがある。
論題など、女性に好まれないと知っていたのに。
答えるクラウディアも、心の中では呆れているに違いない。
(どうしてオレはこう……)
自分の不甲斐なさを痛感していたからだろうか。
取り繕うこともできず、口から出る言葉は悲観的なものになる。
「オレには真似できないことだ」
(違う、女性は自信に溢れる男が好きなんだ)
何故、真逆のことをしてしまっているのか。
それもよりによって好きな人に。
頭ではわかっているはずなのに、行動が伴わず視線が下がる。
視界に前髪が落ちると苦笑が浮かんだ。
(だからオレはダメなんだ)
感情に流されてしまうから。
兄のように、論理的に判断を下せれば悩むこともない。
こうしてクラウディアにも弱気な姿を見せずに済んだ。
(笑おう)
顔を上げて茶化せば、まだ間に合う。
普段とは真逆の、傷心気味の王子を演じてみただけだ。
(だってオレには)
負の感情なんてないのだから。
「ラウル様」
笑顔でクラウディアを見る。
イタズラに成功した子どもの顔で。
「わたくしには人の世に正解があるとは思えませんの」
そう思っていたのに。
(オレは、今、どんな表情をしている?)
視線を上げた先で、目を焼かれたように感じた。
朝、カーテンを開けたら太陽を直視してしまったような。
真摯に自分を見上げる青い瞳が、眩しい。
咄嗟に言われていることを理解できなかった。
ただ眩しくて。
焼かれた目を癒やそうと涙が膜を張る。
働かない頭では、クラウディアが言う可能性についても、事実を述べるしかなかった。
「でもオレが間違えたことは確かだ」
「ならば、正さねばなりませんわね」
「正す? 責任を取るんじゃなくて?」
疑問に対する答えは、微笑みで告げられた。
迷える子羊に道を示すような神秘さが漂う笑みに、ここがどこかわからなくなる。
自分の足で立てているのかすら自信が持てない。
「ラウル様には、正せる力がおありだわ」
(キミは、どうして……)
欲しい言葉をくれるのか。
クラウディアの一言一句が体に染み渡る。
熱が血流にのって全身を巡り、鼓動を高鳴らせた。
握る拳に血管が浮かぶ。
(認められた気になるのは、何でだ)
ずっと兄に比べて至らないと思っていた。
時には愚かだと言われても、感情のままに動いた。
それが正しかったのかは今でもわからない。
不安があった。
どれだけ無視しても、心の底では常に負の感情が湧いていた。
求められる責任への不安。
選択を間違わないかの不安。
平和主義を口実に逃げても、それが正しいことなのかと不安があとから追ってくる。
実の兄に敵視される不安。
国を出て、見知らぬ土地で暮らす不安。
自分ですら認められなかった全てが、クラウディアの言葉で終息する。
「クラウディアに言われると、そう思えてくるから不思議だな」
これが充足感というものなのか。
ぽっかりと空いていた穴が塞がるような、心が温かい光で満たされるような。
「事実ですもの。それとも諦めてしまわれますか?」
投げかけられた問いに、目が瞬く。
瞬き一つにつき一枚、眼前の光景が切り取られていった。
正しくはクラウディアの表情が。
一枚一枚、ラウルの中で大切に保管されていく。
(なしえるのか、オレに)
疑問が浮かぶ。
けれど、いつもなら湧き出てくる不安がなかった。
少なくともクラウディアは信じてくれている。
(オレに力があると)
ならば答えは出ていた。
たとえどれだけ困難な道であろうとも。
「……諦めたくないな」
(キミを、諦めたくない)
視野が広がるのを感じた。
今までは窓の真ん中、僅かな幅しかカーテンを開けられていなかった。
それだけじゃない。
(オレはもっと自由に動けるんだ)
窓を開け、外に飛び出すこともできる。
日の光を全身で浴びられる。
(そうだ、自由でいいんだ)
特に心は。
何を考えてもいい。
誰を思ってもいい。
罰せられるいわれはない。
「ありがとう、少し目の前が開けた気がするよ」
「わたくしは持論を申したまでですわ。それも人から教わったことです」
「そうなのか? でもオレに教えてくれたのはクラウディアだ。だからキミにお礼を言うよ」
愛するキミに。
問題は山積みで、今後も隣で歩ける保証はないけれど。
少しでも長く一緒にいられたらと思う。
(願うだけじゃダメだ。行動に起こさないと)
まだ終わっていない。
これで終わりじゃない。
(終わりにさせない)
夜がきて、朝を迎えれば、また新しい一日がはじまる。
(可能性を潰すな。消極的になるな!)
道がないなら作れ。
切り開け!
前を歩く先頭集団を見る。
利権を得ようとする者、兄の治世を疑う者。
様々な思惑が交差する中で、一貫しているのは。
(みんなオレの力を信じてくれている)
無力な王弟なら、誰も仰がなかった。
こうして他国にまで同行しない。
(オレは今まで何を見ていたんだろうな)
とっくに認められていたのに。
クラウディアに言われるまで、表面的なものにとらわれて気付けなかった。
利権がなんだ。力になってくれるなら、正当な対価だろう。
(レステーアに笑われそうだ)
あの綺麗な顔で。
思い浮かべるとイラッとするが、今は思考を巡らせることに重点を置く。
港町ブレナークでの画策は、褒められたことじゃない。
しかしレステーアなりに、ラウルの利を追求した結果であるはずだった。
(使える手は全て使え)
狡猾になれ、と自分に言い聞かせる。
手持ちのカードを広げたところで、鈴音のような声が耳にとまった。
「先ほどのお礼に、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」
「何だろう? キミからの質問なら、いつでも大歓迎だ」
今までの会話からも、クラウディアが政治に通じていることがわかる。
論題に至っては、令嬢の履修科目にないだろう。
レステーアについての質問も、ラウルの警告を気にしているだけとは思えなかった。
自身を鑑みても、公爵令嬢という地位には情報が集まるはずだ。
彼女の考えが知りたい。
そう思い、促した内容は。
「――――――?」
ラウルの意表を突くのに十分だった。




