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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第二章

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42.悪役令嬢は墓穴を掘る

「人間は、誰しも愚かなのだそうです」


 逆行してから、ずっと間違いを犯すことが怖かった。

 けれど、それは挽回できるものだと教えられた。


「大切なのは愚かだと気づき、正せること。出した答えには責任が伴いますから、責任を取る必要もあるでしょう」


 ただし責任だけ取れば済む話なのか。

 間違いを放置することが賢明といえるのか。

 ダークブラウンの瞳を見上げる。


「ラウル様には、正せる力がおありだわ」


 彼の人となりを知っている。

 若くなった分、違うところもあるけれど、根本は変わらない。


「クラウディアに言われると、そう思えてくるから不思議だな」


「事実ですもの。それとも諦めてしまわれますか?」


 正すことを。

 ラウルが何を間違えたのかはわからない。

 わかるのは、彼にとって責任を取るほど大きな問題であること。

 正すといっても、簡単ではないはずだ。

 誰でもない、クラウディア自身が模索していた。


 正解がない、人の世で。


 誰かの正義は、誰かの悪になる世界で。


(いやになってしまうわ)


 ときには自分の中で、何が正しいのかさえわからなくなり嫌気が差す。

 完璧な悪女を目指すことは、そんな中で得た指標の一つだ。

 それは己の正義を貫くことと同義だった。


(だからわたくしは、諦めない)


 残酷な現実があるからこそ。

 抗うのだ。

 少しでも、この世界が好きだと言えるように。

 愛する人たちを守れるように。


「……諦めたくないな」


 ぼそりと呟かれた言葉に、一瞬、気持ちが伝播したのかと思った。

 ラウルの真摯な眼差しに射貫かれる。

 ――鳥肌が立った。


(やっぱりラウル様は)


 王位に足る人だ。

 開いていた窓は閉じられたはずなのに、風を感じる。

 ラウルから放たれる息吹に、クラウディアは気圧された。

 どこか覚えのある感覚は、決して不快なものじゃない。

 同じ制服でも、着る人の人格によって印象が変わることを再認識する。


「ありがとう、少し目の前が開けた気がするよ」


「わたくしは持論を申したまでですわ。それも人から教わったことです」


「そうなのか? でもオレに教えてくれたのはクラウディアだ。だからキミにお礼を言うよ」


 爽やかな笑顔を送られ、はたと気付く。


(わたくし、墓穴を掘ってないかしら?)


 臣籍降下について、探るつもりだった。

 ラウルが権力を手放すなら、ハーランド王国が手に入れた証拠は、王太子派へ売るほうが国益になるだろうから。


(でも今のでラウル様が考え直したら? ラウル様が責任を取るほどの問題って、どう考えても工作のことよね?)


 話の流れで、王弟派の暴走にラウルも気付いていると考えたところだ。

 彼なら責任を取るだろうと。


(自分でわからなくしてどうするのよ!?)


 臣籍降下しないとも限らないけれど。

 決断が不透明になったのは確かだった。

 頭を抱えたくなりつつも、ラウルの晴れ晴れとした顔を見ると、これでいいかとも思う。

 伝えた言葉に嘘はない。

 ありのままをシルヴェスターへ報告すれば、彼なりに判断してくれるだろう。


(呆れられたら、そのとき改めて反省しましょう)


 なんとなく、君らしい、と笑われる気がするけれど。

 学園を案内する時間は限られている。

 無為に過ごしてはいられなかった。


(感謝されているなら、話も訊きやすいわよね)


 レステーアについて警告を受けた際、気になったことを訊いてみる。

 これなら彼女の話題に戻っても、不自然ではないはずだ。


「そういえば、彼女は自由なのですか?」


 いっそラウルがレステーアを軟禁でもすれば、クラウディアに警告する必要はなくなる。

 クラウディアの視線を受けて、ラウルは頬をかいた。


「情けないことに、一羽だけ鳥かごに入れたところで意味がなさそうなんだ。風切り羽を切れればいいんだけどな」


「なるほど。頭の良い鳥ですものね」


 適当に話を合わせる。

 捕まえるには決定的な証拠が足りていない、ということだろう。


(確固たる罪状がなければ、一緒にいる令息令嬢たちも納得しないでしょうから)


 そしてそれはシルヴェスターやクラウディアにも言えた。

 レステーアを怪しいと思いつつも、泳がせているのはそのためだ。

 特にハーランド王国側からすれば、不確かな内容で他国貴族を罪には問えない。

 工作の証拠は、あくまで工作があった事実を示すものでしかないのだ。


(ラウル様と協力できないのが、もどかしいところね)


 クラウディアが協力を申し出るだけで、政治的判断があったとみなされる。

 周囲からも、ラウル本人からも。

 ラウルを監視している者たちは、すぐに上へ報告するだろう。

 あくまでクラウディアができるのは、ハーランド王国の貴族として、バーリ王国の王弟を接待することだけだ。


(でもラウル様も、レステーア様に焦点をあてているわ)


 それだけの理由が、彼女にあるのだ。


(……どうして、こんなに胸騒ぎがするのかしら)


 実はラウルがレステーアへ向ける眼差しを見てから、ずっと胸がざわついていた。

 理性的であろうとすればするほど、心の隅で焦燥が募る。


 ラウルの眼差しに、憎悪がなかったから。


 異母妹(フェルミナ)のおかげで、そういった視線には敏感になっている。

 ラウルは本当に困っているだけなのだ。

 だったら。


(前はどうして話してくれなかったの?)


 ずっと一緒にいた彼女のことを。

 手に負えない子どものように思っている相手のことを。

 娼婦時代、レステーアが話題に上がらなかったのは、彼女のせいで臣籍降下したからだと考えていた。

 話題にしたくないほど、憎むか、嫌っていたのだと。

 けれど目の前の彼から、そんな感情は感じられない。


(これからだというの?)


 レステーアを憎む何か。

 嫌う何かが、起こるのだろうか。

 不安にかられ、クラウディアは扇で口元を隠す。


「先ほどのお礼に、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」


 唐突だと思われてもいい。

 どうしても今、訊いておかなければならない気がした。


「何だろう? キミからの質問なら、いつでも大歓迎だ」


 小声でも聞こえるよう、さり気なくラウルへ近付く。

 手で校舎を示し、周りからは案内をしているように見せかけた。

 扇の内側で、唇を動かす。

 それは賭けでもあった。


「――――――?」


 唯一、クラウディアの声を聞いたラウルは目を瞠る。

 驚くダークブラウンの瞳には、悲しげな青い瞳が映り込んでいた。

 結果としてクラウディアは――賭けに勝った。

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