42.悪役令嬢は墓穴を掘る
「人間は、誰しも愚かなのだそうです」
逆行してから、ずっと間違いを犯すことが怖かった。
けれど、それは挽回できるものだと教えられた。
「大切なのは愚かだと気づき、正せること。出した答えには責任が伴いますから、責任を取る必要もあるでしょう」
ただし責任だけ取れば済む話なのか。
間違いを放置することが賢明といえるのか。
ダークブラウンの瞳を見上げる。
「ラウル様には、正せる力がおありだわ」
彼の人となりを知っている。
若くなった分、違うところもあるけれど、根本は変わらない。
「クラウディアに言われると、そう思えてくるから不思議だな」
「事実ですもの。それとも諦めてしまわれますか?」
正すことを。
ラウルが何を間違えたのかはわからない。
わかるのは、彼にとって責任を取るほど大きな問題であること。
正すといっても、簡単ではないはずだ。
誰でもない、クラウディア自身が模索していた。
正解がない、人の世で。
誰かの正義は、誰かの悪になる世界で。
(いやになってしまうわ)
ときには自分の中で、何が正しいのかさえわからなくなり嫌気が差す。
完璧な悪女を目指すことは、そんな中で得た指標の一つだ。
それは己の正義を貫くことと同義だった。
(だからわたくしは、諦めない)
残酷な現実があるからこそ。
抗うのだ。
少しでも、この世界が好きだと言えるように。
愛する人たちを守れるように。
「……諦めたくないな」
ぼそりと呟かれた言葉に、一瞬、気持ちが伝播したのかと思った。
ラウルの真摯な眼差しに射貫かれる。
――鳥肌が立った。
(やっぱりラウル様は)
王位に足る人だ。
開いていた窓は閉じられたはずなのに、風を感じる。
ラウルから放たれる息吹に、クラウディアは気圧された。
どこか覚えのある感覚は、決して不快なものじゃない。
同じ制服でも、着る人の人格によって印象が変わることを再認識する。
「ありがとう、少し目の前が開けた気がするよ」
「わたくしは持論を申したまでですわ。それも人から教わったことです」
「そうなのか? でもオレに教えてくれたのはクラウディアだ。だからキミにお礼を言うよ」
爽やかな笑顔を送られ、はたと気付く。
(わたくし、墓穴を掘ってないかしら?)
臣籍降下について、探るつもりだった。
ラウルが権力を手放すなら、ハーランド王国が手に入れた証拠は、王太子派へ売るほうが国益になるだろうから。
(でも今のでラウル様が考え直したら? ラウル様が責任を取るほどの問題って、どう考えても工作のことよね?)
話の流れで、王弟派の暴走にラウルも気付いていると考えたところだ。
彼なら責任を取るだろうと。
(自分でわからなくしてどうするのよ!?)
臣籍降下しないとも限らないけれど。
決断が不透明になったのは確かだった。
頭を抱えたくなりつつも、ラウルの晴れ晴れとした顔を見ると、これでいいかとも思う。
伝えた言葉に嘘はない。
ありのままをシルヴェスターへ報告すれば、彼なりに判断してくれるだろう。
(呆れられたら、そのとき改めて反省しましょう)
なんとなく、君らしい、と笑われる気がするけれど。
学園を案内する時間は限られている。
無為に過ごしてはいられなかった。
(感謝されているなら、話も訊きやすいわよね)
レステーアについて警告を受けた際、気になったことを訊いてみる。
これなら彼女の話題に戻っても、不自然ではないはずだ。
「そういえば、彼女は自由なのですか?」
いっそラウルがレステーアを軟禁でもすれば、クラウディアに警告する必要はなくなる。
クラウディアの視線を受けて、ラウルは頬をかいた。
「情けないことに、一羽だけ鳥かごに入れたところで意味がなさそうなんだ。風切り羽を切れればいいんだけどな」
「なるほど。頭の良い鳥ですものね」
適当に話を合わせる。
捕まえるには決定的な証拠が足りていない、ということだろう。
(確固たる罪状がなければ、一緒にいる令息令嬢たちも納得しないでしょうから)
そしてそれはシルヴェスターやクラウディアにも言えた。
レステーアを怪しいと思いつつも、泳がせているのはそのためだ。
特にハーランド王国側からすれば、不確かな内容で他国貴族を罪には問えない。
工作の証拠は、あくまで工作があった事実を示すものでしかないのだ。
(ラウル様と協力できないのが、もどかしいところね)
クラウディアが協力を申し出るだけで、政治的判断があったとみなされる。
周囲からも、ラウル本人からも。
ラウルを監視している者たちは、すぐに上へ報告するだろう。
あくまでクラウディアができるのは、ハーランド王国の貴族として、バーリ王国の王弟を接待することだけだ。
(でもラウル様も、レステーア様に焦点をあてているわ)
それだけの理由が、彼女にあるのだ。
(……どうして、こんなに胸騒ぎがするのかしら)
実はラウルがレステーアへ向ける眼差しを見てから、ずっと胸がざわついていた。
理性的であろうとすればするほど、心の隅で焦燥が募る。
ラウルの眼差しに、憎悪がなかったから。
異母妹のおかげで、そういった視線には敏感になっている。
ラウルは本当に困っているだけなのだ。
だったら。
(前はどうして話してくれなかったの?)
ずっと一緒にいた彼女のことを。
手に負えない子どものように思っている相手のことを。
娼婦時代、レステーアが話題に上がらなかったのは、彼女のせいで臣籍降下したからだと考えていた。
話題にしたくないほど、憎むか、嫌っていたのだと。
けれど目の前の彼から、そんな感情は感じられない。
(これからだというの?)
レステーアを憎む何か。
嫌う何かが、起こるのだろうか。
不安にかられ、クラウディアは扇で口元を隠す。
「先ほどのお礼に、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」
唐突だと思われてもいい。
どうしても今、訊いておかなければならない気がした。
「何だろう? キミからの質問なら、いつでも大歓迎だ」
小声でも聞こえるよう、さり気なくラウルへ近付く。
手で校舎を示し、周りからは案内をしているように見せかけた。
扇の内側で、唇を動かす。
それは賭けでもあった。
「――――――?」
唯一、クラウディアの声を聞いたラウルは目を瞠る。
驚くダークブラウンの瞳には、悲しげな青い瞳が映り込んでいた。
結果としてクラウディアは――賭けに勝った。




