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断罪された悪役令嬢は、逆行して完璧な悪女を目指す(第十章連載中)【書籍、コミカライズ、オーディオブック化】  作者: 楢山幕府
第二章

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39.悪役令嬢は画策する

「ディーには敵わないな」


 奇しくもシルヴェスターと似たことを、ヴァージルは口にした。

 最初こそ難色を示したものの、結果的にラウルと話すことを認めてくれる。


「お兄様も、わたくしが政治に関わることに反対ですか?」


「反対じゃないさ、俺たちは貴族だからな。女性でも間接的に関わることになるだろう。ディー、俺は心配しているんだ」


 そっと頭を撫でられる。

 見上げるヴァージルのつり目からは角が取れ、慈愛に満ちた眼差しがあった。


「婚約者に内定したからといって、無理をする必要はないんだぞ」


「無理はしていません。それに話をするだけですわ」


「情報を聞き出すんだろう? 立派な諜報行為だ。後ろめたさが負担になっていないか?」


 ないとは言い切れない。

 けれどシルヴェスターも、ヴァージルも少し過保護な気がした。


(二人とも、わたくしの娼婦時代を知らないものね)


 娼婦は体でお金を稼ぐ。

 日々精神が摩耗していた頃を思えば、この程度の負担は微々たるものだ。

 そう思うのに、頭を撫でる優しい手に胸が熱くなる。

 心配してくれるのが嬉しかった。


(みんなが幸せになれる方法があればいいのに)


 誰も傷付かず、悲しまないような。

 けれど現実が甘くないことは身に染みて知っていた。

 だからこそ最小限の傷で済むようにしたい。


(わたくしの手は小さいわ)


 掴めるもののなんと少ないことか。


(でもわたくしには、手を握り返してくれる相手がいる)


 頼れる人がいる。

 目を閉じれば、色んな人の顔が浮かんだ。

 そして目を開ければ、自分と同じ青い瞳とかち合う。


「大丈夫ですわ。わたくしにはお兄様がいますから」


 一人ではないことが、何よりも心強かった。



◆◆◆◆◆◆



 シルヴェスターが設けてくれた場は、長期休暇中の学園だった。

 表向きはリンジー公爵家が、学園の案内を王城から仰せつかったことになっている。

 クラウディアがお茶会で成功を収めたのもあり、接待役として他からも異論は出なかった。


 ラウルだけではなく留学する令息令嬢も一緒なので、休暇中にもかかわらず学園のエントランスはそこそこの賑わいを見せている。

 中には、もちろんレステーアの姿もあった。

 バーリ王国の一団を学園のエントランスで出迎えるのは、クラウディアとヴァージルだ。


「オウラー、ようこそおいでくださいました」


 格式張った場ではないので気軽な挨拶を選択する。

 バーリ王国側からも口々に「オウラー」が返ってきて、クラウディアの顔も自然と綻んだ。

 この短い挨拶だけで仲良くなったように感じられるのだから不思議だ。

 相手も同じなのか、ラウルが満面の笑みを見せる。


「オウラー、同じ制服姿でもクラウディアは大輪のバラのようだ。実は花の精霊なんだろ? きみだけの花園へ、オレを誘ってくれないかな」


「お褒めにあずかり光栄ですわ。ラウル様もとても良くお似合いでしてよ」


 少しでも学園の雰囲気を味わってもらおうと、今日はお互い制服姿だった。

 顔を合わせるなり甘い声が届けられるが、動じてはいられない。

 基本的にラウルは分け隔てなく女性を褒めた。


(だからお兄様もお気になさらないで……!)


 隣に立つヴァージルから妹を口説くな、と冷気が漂う。クラウディアだから気付ける程度のものだったが。

 しかしそれもラウルの次の言葉で霧散した。


「リンジー公爵令息と並び立つ姿は、絵に残したいくらいだ。二人を結ぶ強い絆が、一対の宝石のように輝いて見える」


「有り難きお言葉を頂戴し、恐悦至極に存じます」


「そう畏まってくれなくていい。学園では身分を超えた交流が推奨されているんだろう?」


「自分は卒業した身です」


「オレが後輩になることに変わりはない。堅苦しいのは苦手なんだ。リンジー公爵令息もラウルと名前で呼んでくれ」


「では俺のこともヴァージルと。後悔しても知りませんよ? 俺のお小言はうるさいそうですから」


(トリスタン様の意見かしら)


 赤毛の同級生が頭に浮かぶ。

 王都へ帰ってから、ルイーゼと連絡は取っているのか気になるところだ。

 幾分対応が砕けたヴァージルに、ラウルは宝物を見つけたように笑った。きらきらと瞳が輝いている。


(この笑顔にみんな絆されるのよね)


 特に男性へは素であるから質が悪い。

 女性相手とは違い、身構える必要がないからだろう。

 シルヴェスターは穏やかな表情を保つが、ラウルは感じたままに表情をころころ変えた。

 もちろん作為的なときもあるけれど、ラウルは裏表のない人間だ。


「お小言については、ぼくからもお願いします。ラウルにはいくら言っても足りないので」


 レステーアが軽く頭を下げ、青い髪をさらりと靡かせる。

 男性用の制服が似合い過ぎていて貴公子にしか見えない。


「心得ました」


「そこは忖度してくれないか?」


 軽口の応酬に、早くも和気藹々とした雰囲気が漂う。

 学園の案内をはじめれば、引率するヴァージルが堂に入っていた。


「流石は元生徒会長だな。今期はシルヴェスターが務めるのか?」


「はい、本来は三年生が務める予定だったのですけど」


 昨年の終わりに生徒会長を決める投票がおこなわれていた。

 しかし急遽ラウルの留学が決まったことで、人事は覆された。


「あぁ、オレのせいか」


「当人は諸手を挙げて喜んだそうですわ。いくら学園内だけとはいえ、シルヴェスター様の上に立つ自信はなかったようです」


 気にせずシルヴェスターを使えるのは、ヴァージルくらいだろう。


「確かにあいつを従えるのは骨が折れそうだな」


 打ち合わせ通り、ヴァージルの引率で令息令嬢たちの一団が先行していく。

 クラウディアはゆったりとした歩調を保ち、一団と間隔を空けていった。

 ラウルの側を離れなかったレステーアも、クラウディアが目配せすると先頭集団に合流する。

 先にラウルと話すよう提案してきた手前、彼女が断れないのはわかっていた。

 程なくしてクラウディアは、ラウルとの空間を確保する。

 後方には護衛騎士が随行しているものの、話している内容まではわからない距離だ。


(注意すべきは、シルが付けてくれた影ね。口元を晒さなければ大丈夫かしら)


 危険がないとわかりつつも、王家からは一人影が派遣されていた。

 隠密、諜報を得意とする彼らは、口の動きから発言を読むことができる。

 クラウディアには、シルヴェスターにも見せられないカードがあった。

 言わずもがな、娼婦時代に仕入れた情報だ。


(ルイーゼとお揃いの扇があって良かったわ)


 プレゼントされてから、クラウディアも頻繁に扇を手にするようになった。

 今なら扇で口元を隠しても、特別変には思われないだろう。

 ちらりと隣を歩くラウルを窺う。

 歩調を合わせてくれている彼も、クラウディアが意図的に他と距離を取っているのはわかっているはずだ。


(もう少し詰められるわね)


 腕を伸ばしきってラウルに辛うじて届くかどうか。

 隣で会話するには遠い気がした。


「右手に見える……あっ、ごめんなさい」


 案内するフリで一気に距離を縮める。

 ぶつかりそうになったところで体を引き、更に半歩分だけ離れた。

 甘え上手な令嬢なら、そのまま抱きとめてもらう場面だ。


「まだ離れたほうがいいかしら?」


「い、いや、クラウディアなら大丈夫だ。気を使わせて悪いな」


 ダークブラウンの瞳が僅かに揺れる。

 彷徨う視線に嫌悪ではなく照れを読みとって、クラウディアは微笑みを返した。


「苦手なものは、どうしようもありませんもの」


 ラウルは媚びる女性が嫌いだ。

 好意を抱かれていると知りつつも、それに甘えてはいけない。


(物理的にも、精神的にも押しては引くのが肝心)


 程良く揺れ動き、相手が食いつくのを待つ。

 貴族令息が狩猟を嗜むことからもわかるように、男性には狩猟本能があると娼館では習う。

 だから揺れるもの、動くものに目を奪われるのだと。

 加えて黒いものが動くと注意を引きやすい。

 潜伏する兵士は、それを理由に黒い装備を避けるほどだ。


(クセのある黒髪に生んでくれた両親には感謝しないとね)


 そっと黒髪を耳にかけ、艶のある毛先を揺らす。

 ハーフアップにした髪を長いリボンで留めているのも計算の内だった。

 ラウルと目が合えば、はにかんで見せる。


(わざとらしくならないよう、あくまで控えめに)


 クラウディアの娼館仕込みの心理戦は、まだはじまったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わーー これ私がクラウディアにされたら死んでしまう(≧∇≦) 絶対色気と可愛さ半端ないわ!
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