53話
……………
私が〔bAR dANTE〕に居た時間は短かった。帰路ではたと我に帰って見た時間から逆算して……おそらく10分にも満たないだろう。
夢……だったのかも知れない。
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羊皮紙の巻物を無言で受け取るマスター。
「……畏まりました」
次の瞬間……
薄暗くとも最低限の照明は灯されていた筈の店内は完全な闇に沈み……私とマスターだけがかろうじて視認出来る程度の薄明かりが灯った。
目の前には青い焔を上げる液体が満たされたグラスが一つ。そして……
「ああ……いっつも自分の事は後回しなんだから。お父さんらしいね」
意味が分からなかった。
マスターが居た筈の場所に立って居たのは死んだ筈の栞だった。
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死者との邂逅……
そんな事はあり得ない。そんな事は常識だ。だが……あそこに居たのは間違いなく栞だった。証拠は一切無いが娘を他人と間違うなどそれこそあり得ない。
そして……ほんの短い時間。
本来なら10秒にも満たないような刹那だったらしいのだが、そこは提供者の厚意でもう少し話す事が出来た。娘曰く、時間の流れが違うとか……
この時間を私に遺した彼には感謝してもしきれない。当然だが、本当は自分の為に使いたかったに違いないのだから……
そして、娘とは様々な事を話した。他愛無い思い出や生前には話せなかった事、そして彼女が死んだ時の事も……
それを聞いたところで私に出来る事は少ない。
だが……
最後に託された者として出来る限りの事はしようと思う。




