40話
「だから言っただろ。人間なんて……いや生きとし生ける物全ては、自分の都合で生きてるってな。たま~に他人の為に自分を犠牲にする奴も居るが……それは“そいつが自分より自分の都合にとって重要”と考えた結果に過ぎねぇんだ」
ほんの数日前……薄暗い酒場で、魂の取引を持ちかけた男が“言わんこっちゃない”とでも言いたげに肩をすくめる。
「オーナーは黙るのである。で、改めて問いますが……本当にもう……良いのですか?」
「ああ……構わん。持って行け」
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「信じられるか……そんな与太話が」
俺は目の前に居る女の話を一笑に付した。だってそうだろ? 隣の酔っ払いに俺の魂が連綿と積んできたという“徳”を捧げれば、どんな願いも叶えるなんて話……
「そりゃそうだ。俺は別にあんたの為にボランティアをしようなんて言ってるわけじゃ無い。オレはオレに纏わりつく呪いを祓う為に……人が背負う業から徳だけを寄越せって言ってるだけだからな。ただ……ま、アンタがオレ達のことを信用出来ないってのはよく分かるさ。だから……」
「だから?」
「ちっとだけ……オレが本当の死神だって証拠を見せてやるよ」
- パチッ -
男はカクテルグラスを置いて軽く指を鳴らした。
俺はバカバカしいと思いながらも、その証拠とやらが見れるのかと期待したのだが……
「……ほら見ろ。やっぱり……」
なにも起きる気配の無い店内を見回した俺は男に向き直ろうとして……一瞬視界を掠めたマスターの姿をもう一度見直した。
「そんな……あり得ん……」
誓って言うが、さっきまでそこにマスターが居た事は間違いない。今だってそこに立つ存在が纏う服装もさっきと変わらない黒いベストにエプロン姿のまま……だが……
「そんな……あり得ん……栞?!」
そこには……死んだはずの俺の娘が立っていた。
「あんたの娘の魂をほんの少しの間だけ呼び出してやった。ああ……意思疎通は無理だぞ。その娘にはこの場の様子は伝わらんからな。それと……」
男がなにかを説明している声が聞こえるが……そんなもの何一つ俺の中には届かなかった。
(幻覚? いや、幻にこんな存在感がだせるか? 変装? バカバカしい! こんな一瞬で特殊メイクみたいな真似が出来るはずがな……じゃぁ……まさか……本物???)
俺は、哀しげな表情を浮かべてカウンターの中に立つ娘から目を離せないまま……隣に座る男に言った。
「……俺は……もう余命幾ばくも無い身体だ……だが、それでも……取引は出来るのか?」




