04.5 魔術師エルヴェ
魔術師エルヴェ。
通称、『孤狼のエルヴェ』。
冒険者としての彼は噂に事欠かない、有名な存在であった。
――曰く、魔術師なのにパーティを組まない変わり者。
――曰く、ソロでオーガやワイバーンを狩る化け物。
――曰く、ソロの冒険者として最年少でAランクとなった天才。
後ろ向きな噂まで含めると、彼ほど噂の多い冒険者はいないであろう。
しかし冒険者としては有名でも、彼が冒険者になる前の話を知る者は、途端にその数を減らす。
とある村に生まれた彼は、仲の良い両親の元、健やかに育つ。決して裕福では無いが貧しくもない。平凡な生活だが、彼はその日々に満足し、幸せを感じていた。
転機は彼が八歳の時。村が魔族に襲われた。魔族の目的は現在に至るまで分かっていない。ただ、天災のようにそれは現れ、全てを破壊した。
彼が無事だったのは、たまたまその時、村に居なかった。それだけである。
偶然が彼を救い、そして全てを失わせた。
それから、彼の生活は過酷なものとなる。後ろ盾もなく、何の技術も持たない八歳の子供が生きていくには、この世界はあまりにも厳しかった。後ろ盾を必要としない冒険者にすら、年齢制限に引っかかり、なれなかった。冒険者にもなれない彼は草木を喰らい、時には窃盗にも手を染めた。彼の心は歪んでいくこととなる。
幸い、彼には魔術の才があった。人よりも膨大な魔力を有し、子供ながらに一端の魔術を放つことが出来た。彼は生きるために才能を磨いた。
それでもそんな生活をいつまでも続けられる訳が無い。
十歳の時、盗みを働こうとした彼は、捕まることとなる。身なりの良さから貴族と判断した相手は魔術師だった。それも己より遥かに優れた。彼はあっさり捕まり逃げることもできず、己の死を覚悟した。
しかし、その魔術師は何を考えたのか。彼に選択肢を与えた。このまま処罰されるか、もしくは自分の弟子となるか。
択は示されたものの、彼に選択する権利は無かった。彼はその魔術師の弟子となり、生き延びることとなる。
これが彼の二度目の転機となった。
魔術師の弟子となってからの生活は一変した。衣食住を与えられ、魔術の修行をつけられる。修行がない時は家事をさせられた。と言っても、普段、家事をする者は別におり、彼が仕事をすることはほとんど無かった。
死とは程遠い生活。いや、魔術の修行が厳しく、生死がかかった極限状態で鍛えられていた、という点では死は身近にあったのだが。それでも生活が苦しくて死にかける、ということが無い生活。
彼はそれが無条件に与えられていることが信じられなかった。
そして、積もりに積もった疑念が頂点に達したある日、彼は己の師へと尋ねた。何故、ここまで面倒を見てくれるのかと。
師はただ一言、ただの自己満足だよ。とだけ答えた。
それからの生活は彼にとって数年ぶりに安らげるものとなる。徐々に心を開けば、彼の生来の性根の良さが発揮され、師や、師に仕える人とも良好な関係を築いていった。
そして、十五歳になった時。彼は冒険者になる。師は己の仕事を手伝ってくれることを彼に望んでいた。彼もまた師に大恩を返すため、仕事を手伝うことを望んだ。だが、彼の身分がそれを許さなかった。
師は貴族であり、平民である彼が共に働くことはできなかった。
それゆえ、彼は身分を手に入れるため、冒険者になった。
冒険者になり、功績をあげる。魔族を何体も討伐することで、貴族に取り立てられた前例がいくつもあり、彼はそれを目指したのだ。
元々才能があった彼が、師の元で死ぬ気で修行を重ねた結果。彼は他の冒険者の追随を許さない実力者となっていた。危なげない戦闘。依頼達成率百パーセント。
Aランクとなるまでに時間はかからなかった。
そして、Aランクになった彼に勇者一行への参加が求められることとなる。勇者は王侯貴族の間でも注目される存在である。勇者の目的も魔族討伐であり、彼にとっては願ってもない話であった。
勇者一行での活動は確実に彼の実績に繋がる。彼は師の元へ戻るまでの道筋が見えた気がした。
だが、エルヴェという男の活動は今、停止を余儀なくされ。女としての活動が始まっていくこととなる。




