それぞれの明日 ~ライデンの帰郷~
王都で発生した魔族による襲撃事件。その一週間後、ライデンは自分の生まれ故郷へと帰ってきていた。
目的は二つある。その内の一つは、ルノアールのことを彼の家族へと伝える事だった。
ライデン達が育った村は、王都から離れた、小さな村だ。噂が入ってくることも少ない。ライデンが伝えなければ、おそらく何も知らないままに時が流れていくだろう。
ルノアールの最後は決して良いものではなかった。それならば、知らない方が幸せだという見方もあるかもしれないが、ライデンは伝えることに決めていた。それが、幼馴染みであり、ルノアールを止めることができなかった自分の、ルノアールに対するせめてもの償いだと考えていた。
野道を通り、村へと入る。穏やかで、平和な村は、旅立った時から変わっていないように見え、どこか安堵する気持ちをライデンは抱いた。
すれ違う人に挨拶をしながら進む。その誰もが、ライデンの姿に驚きの表情を浮かべていた。きっと明日には村中の人が戻ってきたことを知っているのだろう。
目に映る景色、全てに懐かしさを感じながら歩いていると、やがてルノアールの実家に辿り着いた。
木造の家の前に立つ。気持ちを落ち着かせながら、扉をノックする。出てきたのはルノアールの母親だった。
他の村人と同様にライデンを見て驚いた、ルノアールの母に挨拶をする。しばらく玄関前で話をしていると、話し声が気になったのか、ルノアールの父親も奥から出てきた。
両親が二人とも揃ったところで、ライデンはルノアールのことを伝えた。ルノアールが魔族になったことは伏せ、魔族との戦いで命を落としたことにする。ルノアールを守りきれなかったと、謝罪した。
両親共に静かに話を聞いてくれていたが、最後まで話すとルノアールの母は泣き崩れてしまった。
その姿に胸が締め付けられ、何度も謝る。最終的にルノアールの父から、悪いが帰ってくれと言われ、ライデンはその場を後にした。
伝えることで拒絶されるであろうことは、覚悟していた。ルノアールの両親には辛い思いをさせてしまったが、それはこれから償っていこう。そう考え、ライデンは次の目的地である自身の実家へと向かった。
ルノアールの家と同様に、村の中ではごくありふれた木造の家。冒険者になる前はみすぼらしく見えたそれも、今は視界に捉えるだけで、心が懐かしさでいっぱいになる。
家に近づくと、目的の人物が庭にいることに気づいた。
その人は洗濯物を干していた。
更に近づく。その人が気づき、振り返った。
「……久しぶりだな。母さん」
「……誰かと思えば、天下を取ると言って村を出ていった馬鹿息子じゃないかい」
その人は、ライデンの母親だった。
最後に見てから、もう四年近くになるだろうか。久しぶりに見る母は、白髪が少し増えた以外は昔と変わらない様子だった。
半ば強引に出ていったために、もう忘れられてるのではないかと心配していたライデンだったが、覚えていてくれたことに安心する。
洗濯物を干し終えた母と一緒に、家に入る。
父のことを尋ねると、狩りに出ていると母は答えた。
入れてくれたお茶を飲みながら、これまでの経緯を話す。
「――なるほどね。それで冒険者を辞めることにしたと」
「……あぁ。俺には才能が無いことがよく分かったからな。だから、死んでしまう前に戻ってきたんだ」
噛み締めるようにライデンは言った。
幼馴染みが特別な固有スキルを持っていた。
だから、自分にも何か特別なものがあるんじゃないか。そう思いたかった。
一生懸命に頑張った結果、分かったことは自分に才能が無いということだった。魔族達との戦いでもほとんど何もできなかった。
今は体が小さくなってしまった元仲間を思い出す。才能があるっていうのは、彼、いや彼女のことを言うのだろう。
才能の差を知り。自分は特別ではないと気づいてしまったライデンに、冒険者を続ける意欲は無かった。別に冒険者しか生きる道が無い、という訳では無いのだ。であれば、いつ死ぬかも分からない冒険者に固執する必要は無い。
冒険者を辞めて、帰郷する。それが、ライデンが生まれ故郷へと帰ってきた、もう一つの目的だった。
「今まで放ってきて申し訳無いとは思っている。だけど、またここで暮らしたい」
そう言って、ライデンは頭を下げた。
家を勝手に出て行った。それが、いきなり戻ってきて図々しいことは理解していた。
それでも、ここでやり直したい。その思いから頭を下げ続けた。
どれぐらい、そうしていただろうか。黙って待つライデンの頭を母が叩いた。
「何をぼさっとしてるんだい? こんな小さな村で、男手が足りていないんだよ。あんたが働かないと困るよ」
「――母さん、それじゃあ」
頭を上げるライデンに向けて、母が言う。
「とりあえず、村長の所に行きな。ちゃんと今の決意を伝えるんだよ」
「……ありがとう」
自然と溢れてくる涙を隠すように、ライデンはもう一度頭を下げた。
「……しっかり働きなさい。何かに没頭している間は嫌なことも忘れられる。そうして時間が経てば、嫌な出来事も思い出の一つに変わるもんさ」
母の言葉に何度も頷きながら、ライデンは村長の元へと向かった。
それからライデンは、村の狩人として生きることとなる。
ルノアールの両親とも、時間をかけて関係を築き直し。
冒険者時代に培った経験を活かすことで、村になくてはならない存在となっていく。




