38 決着
起死回生が発動したルノアールが迫る。
その速度は、さっきまでより数段速かった。
「くっ!」
振りかぶられた剣をぎりぎり躱すも、返す刀で逆袈裟に斬り上げてきた一撃を躱しきれず、短剣で受ける。
力任せな一撃に俺の体が浮きあがり。そのまま、空を舞う。
空中で体を捻り、何とか受け身を取る。なおも迫り来るルノアールにミレーユと師匠の中級魔術が直撃した。
が、魔術は体に当たる直前で弾かれる。
何事も無かったかのように、ルノアールが距離を詰める。続く連続斬りを、やはり躱しきれず短剣で受け。俺は再び跳ね飛ばされる。
「ふは、ふはははは。どうしたエルヴェ。貴様の力はその程度なのか?」
ルノアールが笑う。その笑みは、俺が追放された時に浮かべていたものと同じ、侮蔑の笑みだった。
「大体、貴様は昔から気に入らなかった。ソロでAランクになったからと言って、ちやほやされやがって」
ルノアールが再度、距離を詰めてくる。俺への攻めを続けながら、その口は止まらない。
「私が勇者なんだ。皆、私に注目していればいいものを。どいつもこいつも」
蹴りを喰らう。障壁を張って直撃こそ免れたものの、衝撃までは防げない。
一瞬、息が詰まり、むせた。
「……だが。今、私は貴様以上の力を身につけた! 私が! 貴様より上なのだ!」
「……それが魔族になった理由か?」
「切っ掛けは違うがな。おかげで今は良い気分だよ。私は生まれてくる種族を間違えていたのかもしれない」
その言葉に、俺は頭を振った。
駄目だ、こいつの心はもう完全に堕ちている。
「……分かったよ。ルノアール、お前がそう言うなら、私は何も言わない」
今のままでは早過ぎる動きについていけない。俺は自分に身体強化の魔術を重ね掛けした。
ルノアールを見据え、短剣を構える。
「一人の魔族として、お前を討伐する」
地を蹴る。今までとは逆に、俺が距離を詰める。不意を打ったことで、ルノアールの反応が遅れ、俺は懐に入ることに成功した。だが、このまま攻撃してもカウンターが来るだけだ。
そこから、攻撃する振りをして、体を反転させる。そのまますれ違うようにして、ルノアールから離れた。
俺にカウンターを喰らわせようとしていたルノアールは、突然の俺の行動に、動揺した。
瞬間、炎の渦がルノアールに直撃した。炎の上級魔術――フレイムピラー。
「八つ当たり、うざい」
魔術を放ったミレーユが、嫌悪感丸出しで告げる。
そこに、追撃とばかりにフレイムピラーがもう一発。ルノアールへと降り注ぐ。
「全くだな。聞いてると、逆恨み以外の何ものでも無いじゃないか」
魔術を放った師匠が頷く。
上級魔術が二発。これなら、あの堅い守りを突破できたか?
「すまねぇ。状況は?」
燃え盛る炎を見ていると、イグルスさんが復帰してきた。足元はしっかりしている。大丈夫でそうで良かった。
待てよ。イグルスさんがいるなら、ここは――。
「師匠。師匠とイグルスさんは中に入った魔族を追ってください。ルノアールは俺とミレーユでやります」
「……任せても大丈夫なのかい?」
「あいつのスキルは、あいつが不利になればなるほど強くなるものだって、昔聞きました。このまま四人で戦うより、二人でやる方がやりやすいと思います」
俺の言葉に、師匠が黙り込む。少し考えた後、大きく頷いた。
「悪いけど、任せるよ。……イグルス、行くよ」
「どういうことだ?」
「あいつと戦っている間に、禿の魔族とデブが城内に入ったんだ。追うよ」
「マジかよ。でもじゃあ、ここは……て、それがさっきのやりとりか」
イグルスは悩む姿勢を見せたが、師匠が城内へ向かって走り出すのを見ると。
大きくため息を吐いた。
「カノンちゃん。ミレーユちゃん。ここは任せたよ。……気をつけて」
そう言い残すと。イグルスもまた、師匠を追って、城内へと走り出した。
それを見送りながら、俺はミレーユへと話しかけた。
「ごめん、ミレーユ。流れでこうなったけど、いける?」
「問題無い。あいつは全力で殺しにきてる。やらなきゃ、やられる」
構わない、と頷いたミレーユに礼を言うと、俺は燃え盛る炎へと再度、目を向けた。
ルノアールはまだ中にいるはずだ。倒せたとは思えないが、反応が無いのが不気味だ。
追加で魔術を当てとくか?
そう判断すると、俺はサンダーランスを炎の渦へと放った。
その一撃は渦の中へと吸い込まれる。直後、炎が弾け飛んだ。
「サンダーランスで消し飛んだ?」
「いや、ルノアールの衝撃波だろ」
「冗談よ」
短くやり取りする目の前に、ルノアールが姿を表した。予想通り、倒せていない。
だけど、魔力を纏った守りは貫通できたようだ。体中に火傷を負っている。
「貴様ら……許さん!」
ルノアールは激怒していた。だいぶ、精神が不安定なようだ。
怒りは視野を狭くする。今がチャンスかもしれない。
俺は身体強化の魔術を重ね掛けした状態を維持しながら、再びルノアールへと迫った。
近づき、攻撃を誘う。それを躱しながら、隙を窺う。ルノアールが腕を振りかぶったら、大きく距離を取る。奴がその腕を振るうと、魔力の衝撃波が襲ってくるので、障壁を張る。
ルノアールの動きは既に把握できていた。後は隙を作って、ミレーユに止めを刺してもらうだけだ。
余裕が出てきた状況で、再度、ルノアールとの距離を詰める。
「舐めるなよ!」
ルノアールが吠えると同時に、再び奴の魔力が高まった。同時に、動きが速くなる。
まだ強くなるのか!
突然のことに、反応が遅れた俺はルノアールが放った衝撃波をもろに受けた。
「ぐっ」
勢いよく飛ばされる。受け身も取れず、地面を転がり――背中から何かにぶつかった。
「つっ。……大丈夫か?」
背後から、声が聞こえた。更に、俺の周りに光が降り注ぐ。これは……癒やしの光?
振り返ると、そこにはライデンとナターシャがいた。どうやら、ライデンが吹っ飛んだ俺を受け止めてくれたらしい。
「あっ。ありがとうございます……」
「何だよ、他人行儀だな」
「そうですよ。前はそうじゃなかったですよね?」
お礼を言うと、二人がおどけた表情でそう言ってきた。その言葉に驚く。
「もしかして、私のこと……」
「今のやり取りと動きを見て、気づかない程馬鹿じゃないさ。……理由は後で聞く。あいつを任せてもいいか」
ライデンの隣でナターシャも頷いている。二人は俺がエルヴェであることに気づいていた。
色々と言いたいことはあったが、今はそんな余裕は無い。
手短かに、ルノアールのことだけ尋ねる。
「……討伐することになるけど、いいのか?」
「あの人はもう、勇者ではありません。……お願いします」
「本当は一番、仲が良かった俺がやるべきなんだろうけどな。俺には無理そうだ。済まないが、頼む」
二人の言葉に頷く。
俺は一歩前に進むと、ルノアールへと目を向けた。奴は再び自分が優位に立ったことで、薄ら笑いを浮かべていた。
全く、どうしようもない馬鹿だな。
さっさと攻めてくれば良かったのに。その余裕がお前の敗因だ。
俺は自分に身体強化の魔術を発動する。自分が同時に重複化できる、ぎりぎりまで重ね掛けを繰り返す。その数、八回。
ルノアールを中途半端に追い詰めると、更に力が増すかもしれない。だから、これ以上スキルを発動させる前に、倒しきる。
ここまで、自分に負担をかけると。長くは動けないが、倒しきれば問題無い。
俺は、ステップを軽く踏むと、真正面からルノアールに突っ込んだ。
離れた距離が一瞬で詰まる。
フェイントをかけて、背後に回ると。ルノアールの背中を蹴り上げた。
ルノアールの体が浮きあがる。そのまま、逃がさないよう。そして、反撃させないよう。視覚の外からひたすら蹴り上げる。
俺の一撃、一撃に、空中でルノアールが踊る。
骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるが、構わず蹴り続ける。
ルノアールが、空中で吠えた。
「舐めるな!」
ルノアールが魔力の衝撃波を放つ。それは全方位に向けて放たれていた。
避けられず、衝撃波を受ける。地面に叩きつけられた。
だけど、十分だ。
空中にいて不可避な体勢。衝撃波を放ったばかりの、何もできない状態。
そのルノアールを、ミレーユの放ったディバインセイバーが貫いた。
最速の一撃を喰らい、奴が地面へと落ちる。
俺は何とか起き上がると、痛みと、疲労感が激しい体を引きずり、ルノアールの元へと向かった。
ルノアールは心臓を貫かれ、息も絶え絶えな状態だった。
「俺は……最強なんだ……誰にも……負けない」
「……ルノアール、ここでお別れだ。もう眠れ」
最後まで、闘志に満ちた言葉を吐くルノアールに、俺は別れの言葉を告げた。
☆
城内に潜入した二人の魔族は、同じく二人の近衛師団と対峙していた。
ルクソードとソフィア。
城内における最後の砦。その実力は近衛師団の名に恥じず、高かった。
魔族は二人でありながら、攻めあぐねる。
そこに、ミリアムとイグルスが追いついた。
「まさか、勇者がやられたのか!?」
「――隙あり!」
ミリアム達が現れたことが予想外で、気を取られた瞬間を狙われ、小太りな魔族が討たれる。
残された、スキンヘッドの魔族はせめて、一矢報いようとした。
靄に隠れる。接近すれば弱い、魔術師へと狙いを定め――ミリアムの背後へと移動する。
靄から出た瞬間、心臓を狙った一撃は。しかし、障壁によって防がれた。舌打ちをし、再度、靄に逃げ込もうとした瞬間、ミリアムが放ったサンダーランスに貫かれた。
その一撃に魔族が驚愕する。障壁を張った直後なのに、魔術を撃つのが早すぎる。
「――なるほど。魔力を込めるだけで障壁を張れるのは便利だね」
自身の右手を見ながらミリアムが呟く。そして、驚きの視線を向ける魔族に向け、止めの魔術を放った。
魔族が崩れ落ちた。
ここに、魔族は全て討伐され。王都を襲った未曾有の事件は終結を迎えた。




