27 アイリス様との買い物
「あ、ほら。あそこのお店、アクセサリーとか売ってそうだよ!」
アイリス様が右手で指差しながら歩く。左手で俺の手を握っているため、引張られるように俺もその後をついていく。
商業区の中でも、貴族街にやや近い位置。その大通りを俺達は歩いていた。
図書室でアイリス様と会ったのが二日前。その時にアイリス様から誘われ、俺達は買い物に行くことになった。初めて会ったときと、今回の課外活動。二度も助けてくれたことに対して、個人的にお礼がしたいと言われたのだ。課外活動のことについては、自分の力不足を感じているので、正直お礼を言われる立場には無いと思っているが。初めて会ったときのことも言われたら、断る理由が無かった。ありがとうございますと伝え、休日である今日、街へと繰り出した。
そうして始まったのは、店巡りだった。服屋を回り、色々なものを俺にあてがう。その都度、可愛いと言って買おうとするのを俺が止める。
お礼に贈りたいから買わせて欲しいと言われたが、彼女が選ぶ商品の値札を見てしまうと素直に受け取ることができなかった。何で貴族向けの服ってこんなに高いんだ。
アイリス様の気持ちを蔑ろにしたい訳でも無いが、服を貰うのは金額面で申し訳なかった。考えた結果、何か身につける物が欲しいと告げ、アクセサリーを売る店に向かうことになった。小物なら金額が安い物もあるだろう。その中から自分が気に入ったものを見つければ良い。
そして、辿り着いた一軒のお店に入る。雑貨店とでも言うべきだろうか。店内には身につけられるものから、部屋で使うものまで含めて様々な小物が置かれていた。
デザインはどれも可愛いらしく、女性受けを意識したような商品になっている。それゆえ店内で物色している客は皆、女性だ。
当然、こんな店に来たことは男だった時も含めて一度もない。物珍し気にあちこち見ていると手を引かれた。
「ね。こういうのはどう?」
連れていかれた先で、アイリス様が手に取ったの髪留めだった。金細工で造られた小さな花の飾りが付いていて可愛いらしい。
「可愛い! カノンちゃん、凄くいいよ!」
髪留めを俺の髪に当てながら、アイリス様が絶賛する。
可愛い、と言われるのは照れくさいが、嫌な気持ちはしない。
そこまで褒めてくれるなら大丈夫なのだろうか。
横目で髪留めが置かれていたテーブルを見る。色違いの商品と一緒に置かれた値札が見える。値段的にもそこまで高くなかった。少なくとも、先程まで見ていた服に比べるとかなり良心的だ。
もう一度、他の色合いも見る。うん、これなら良さそうだ。
アイリス様にこれが良いと告げる。彼女は嬉しそうにお金を払いに行った。
買ってくれたその場でアイリス様が髪留めを付けてくれる。照れながらもお礼を言う。
「アイリス様は何か欲しいものはないですか?」
見た目は少女でも、俺の中身は立派な大人だ。お礼を貰うだけで終わるのも良くないと思い、アイリス様へと尋ねた。
まあ大人とはいえ、こう言う時に気の利いた言葉を言えるわけでは無いのだが……。
「私? 今日はカノンちゃんにお礼する日なんだから、私はいいよ」
「お礼なら、私もアイリス様にしたいんです」
断ろうとしたアイリス様に、俺もお礼がしたいと伝える。
これは本当の気持ちだった。アイリス様には何度も励まされた。そのおかげで、救われた部分もある。だから、俺としてもお礼をしたかったのだ。
なおも断ろうとするアイリス様に、しつこく食い下がると。アイリス様は受け入れてくれた。
「それじゃあ。私も、これがいいな!」
アイリス様が選んだものは、俺がアイリス様に貰った物と色合いだけが違う、黒色の髪留めだった。
それでいいのか尋ねると、これがいいと返されたため、購入する。臨時講師としての給料は既に貰っているので、金銭面については全く問題無かった。
買った髪留めを渡すと、早速アイリス様は自分の髪に付けてくれた。
「ね、どうかな? 似合う?」
「はい、とても可愛いです」
アイリス様が付けた様子をこちらに見せてくれる。金髪に黒色の髪留めが良く映えており。アイリス様の可愛いさを、より引き立てていた。
「カノンちゃんとお揃い。えへへ」
そこからのアイリス様は夕方に別れる時まで終始、顔がにやけっぱなしだった。
それほど喜んでくれたのなら贈って良かったと思いながら、師匠の家へと帰宅する。
家では当然、アイシャさんにも師匠にも髪留めを見られた。
「あら、可愛いらしい髪留めを付けてますね」
「本当だな。買ってきたのか?」
「はい。王女様にお礼だって買って貰っちゃいました」
「いいですね。良くお似合いですよ」
褒められたのでお礼を言ってから、俺は二人にも紙包みを渡した。
「あと、これ。お二人に私からです」
「あらまぁ」
「カノンが、私に?」
アイリス様と髪留めをプレゼントし合った後。冷やかしがてら色んな店を回る中で、俺は師匠とアイシャさんにもプレゼントを買っていた。
普段からお世話になっているお礼も兼ねて、アイリス様にも一緒に選んで貰ったのだ。
アイシャさんには、ハンドクリーム。貴族が使うような物は高すぎて手が出なかったので、最近住民街にも広まってきている廉価版になってしまったが、人気の物を選んだ。
そして、師匠には指輪だ。ただの指輪ではない。魔力を込めることで、擬似的な障壁を作り出す魔道具だ。通常、魔術を使うには詠唱や魔法陣が必須だが、この指輪にはその魔法陣が直接刻み込まれている。そこに魔力を流し込むことで、簡易的に魔術を発動させることが出来るのだ。
魔術師にしか使えないし。使えるタイミングは限定的で、しかも数回使うと壊れてしまう消耗品。そのくせ、値段が結構するので、冒険者時代に買ったことは一度も無い。だが、咄嗟の護身用として使えるため、プレゼントとして良いのではないかと考えた。
師匠なら、こういう類の魔道具は持っていてもおかしくはないが。そこは事前にアイシャさんに確認している。持っていないことを知り、師匠へのプレゼントとして買ったのだ。
渡すと、二人ともとても喜んでくれた。
嬉しそうにしている二人を見て、俺も嬉しくなったのだった。
☆
「――師匠、お話があります」
「何だい、カノン」
食事を終え、アイシャさんの皿洗いを手伝った俺は居間に戻ると、そこで寛いでいた師匠へと話かけた。
向かいに座り、真剣な顔で師匠を見つめる。
「私を、もう一度鍛えてくれませんか?」
「……どうしたんだい、改まって」
姿勢を正して、師匠が理由を尋ねてきた。
「私はこの前、魔族と戦いました」
「うん、そうだね。知っているよ」
「魔族は強かったです。もうちょっと、助けが遅かったら。私は負けていたかもしれません」
魔族との戦いでは、生き残れたのは運が良かったからだ。そのことを、師匠へと告げる。
「魔族と一対一で戦える時点で、カノンは十分強いよ?」
「ありがとうございます。……でも、戦えるだけじゃ駄目なんです」
目が覚めた時に、泣いていたアイリス様を思い出す。もう、彼女を不安にさせたくなかった。
今日のように、笑っていて欲しい。そのためには、負けないための力が必要だ。
「不安にさせたくない人がいます。そのために、次あいつと戦うときには、絶対負けられない。だから、師匠。お願いします」
師匠へと頭を下げる。
「……別に魔族とは一人で戦わないといけないわけじゃないよ。一緒に戦う人がいるなら、今のままでも十分だと思うけど。それでもかい?」
「はい、それでもです」
沈黙が訪れる。どれだけ待ったろうか。呟きのような声と共に俺は頭を撫でられた。
「……分かった。昔のように稽古をつけてあげよう。ただし、稽古をつけたところで、すぐに効果が出るとは限らないよ。元々、君は十分に強いんだからね」
「! 師匠、ありがとうございます!」
師匠の言葉にお礼を言い、顔をあげる。師匠は笑っていた。
「まあ、頑張ろうか。……それと、カノン。ついでに私からも話があるんだ」
稽古の話がまとまったところで、今度は師匠から話を切り出された。




