25 勲章の意味
王城の謁見の間にて行われた叙勲式。
そこで俺は王様から、まず感謝の言葉を述べられ。俺はそれに答えた。
そして魔族撃退の功績を讃え、勲章を授与された。儀礼服に身を包んだ男性が、横からやってきて勲章を王様へと渡す。勲章には細長いリボンが付いており、王様はそのリボンを頭を下げた俺の首にかける。
王様が離れるのを待って、頭を上げると。俺の様子を見て、王様が満足げに頷き。周りから、拍手が起こった。
その後、数回言葉を交わした後、俺は礼を言い部屋を退出した。
謁見の間の外に出ると、別室に連れていかれた。作りの良い椅子とテーブルに豪華な調度品。学園の応接室のような配置だ。最も、置かれている物の価値は学園のそれとは比較にならないだろうけど。
この部屋で待ってくれと言われて、案内してくれた衛士は退出した。
誰かと面会があるのだろうか。
とりあえず、言われた通りに椅子に座って待つ。授かった勲章を何とはなしに見る。勲章には翼を持った獅子が描かれていた。
細かい所まで描かれている。これ単体だけでも、かなり価値がありそうだな、と思っていると。後ろで扉が開く音がした。
「済まない、待たせたようだな」
同時に聞こえてきた、聞き覚えのある声に俺は跳ね上がった。慌てて振り向き、頭を下げる。
「よいよい。今ここには多少礼を欠いても問題ない者しかおらん」
その言葉に頭を上げる。そこには先程、謁見の間にて面会した王様が立っていた。
アイリス様と同じ、金髪に蒼色の瞳。先程までと違い、優しい顔をしている。こうしてみると、人の良いお爺さんのようだ。
「ほう。では、我々も多少の不敬は許してもらえるということで良いですかな?」
そう言って、王様の後ろから続けて入ってきたのは以前、謁見した時に王様の左に立っていた宰相だった。赤い髪を後ろに撫で付けており、鋭い眼光と相まって、威圧感を放っている。
「それはありがたいですね。私などは礼儀作法はさっぱりですから」
更にもう一人、俺が良く知っている人物が入ってくる。腰まで届く銀髪。いつもと変わらない、気怠げな表情。ミリアム・トッド。俺の魔術の師であり、魔術の大家トッド伯爵家の一子。普段は汚いローブを身に纏っているが、今日は高そうな礼服を着ている。
師匠が王様と一緒にいることに驚いたが、考えてみれば不思議はなかった。
師匠は近衛師団に所属している。近衛師団は王族直属の兵士であり、当然王様とも接することは多いのだろう。
「お主らは元々、あまり気にしてないだろうが」
肩を竦めて、王様が言った。
王様が椅子に座り、続けて俺達も座る。後から入ってきた侍女達がお茶を淹れてくれて、皆に配った。
「さて、改めてカノン殿には感謝を言わねばならん。前回、娘を救ってくれたことにもまだ礼を言えてないのでな。
娘の命を救ってくれたこと。そして、此度。多くの民の命を守ってくれたこと。心より感謝を伝える」
王様が丁寧に礼を言い、俺に授けた勲章へと目を向けた。
「正直、今回の件については、魔族の情報を隠匿した我々の完全な落ち度だ。そこを救ってくれたカノン殿には本当は功三級が授けたかったのだが、実績が少ないと周りに言われてな。それでも、それは必ずやお主の役に立つはずだ」
王様の言葉に気になる発言があった。
「すみません。その功何級っていうのは何ですか?」
「む、なんだ。お主知らんのか」
「王よ。カノン殿は元平民です。知らなくてもおかしくはありません」
尋ねると王様に不思議そうな顔をされた。そこを宰相がフォローしてくれる。
「私から説明しましょう。……と、その前に、私はザルード・マイクロトフだ」
服装を正して挨拶をするザルードさんにつられ、姿勢を正す。ただ、返答の仕方が分からなかったので、とりあえず、黙って頭を下げた。
ザルードさんは特段気にする様子も無く話を続けてくれた。
「王家から勲章を賜ることは大きな意味を持つ。授与される者は王国が認めし、英雄ということになり、
特別な存在であることが強調される。そして、授与される勲章の種類によって、その意味が異なるのだ」
そこで一度、言葉を切りザルードはお茶で唇を湿らせた。
「翼を持った獅子。――カノン殿の勲章に描かれた図柄だが。それは、功四級として与えられる勲章であり。国を危機から救い、多大な貢献をした者に与えられる」
「それは……私には過分な勲章ですね」
思ったよりも、大仰な勲章だった。自分が魔族を撃退したとは思っていないので、そんな大層なものを貰ってしまって良いのかと不安になる。
思わず、師匠の方を見ると。視線に気づいた師匠が微笑んだ。
「それだけの事をやってのけたってことだよ。貰っておきなさい」
いいのかな? 師匠が言うんだからいいのか。
躊躇いながらも師匠の言葉に頷いた。
「まあ、今回の勲章については栄誉を称えること以上に、カノンを守るためでもあるんだけどね」
「……えっ?」
王様に視線を戻そうとした所で、師匠が不穏な言葉を呟いた。
「考えてもみてくれ。魔族とは複数人で戦うのが常識だ。奴らは魔術の扱いに長けている癖に身体能力が高い。基本的に私達人族よりも個の戦闘力が上だ。
だがカノンは、そんな魔族を一人で抑えた。数でもって、戦う必要がある魔族と同等の戦力。しかも、まだ子供で。平民だ。利用しようと考える馬鹿は多いはずだ」
なるほど、と頷く。力はあるが社会的地位も名声も無い人物。そんな存在は社会的地位がある人にとっては非常に扱い易い駒になるだろう。
ここまで言われたら、何となく理解できる。
王様へと視線を戻すと、頷かれた。
「そうだ。だからこそお主を守るために、勲章を与えた。王家との繋がりを示したのだ。これで中途半端な者共はお主に手を出せなくなるだろう」
「後は、それでも関わってこようとする奴らだが、こちらに対してはミリアム殿の庇護下にあることを伝えるしかないでしょうな」
後を継いだザルードさんの言葉に首を傾げる。確かに俺は師匠の弟子だが、別に庇護下に入っている訳では無い。
その事を尋ねると、師匠に傷ついた顔をされた。
「そうか……カノンは私のことを、只の師匠だと思っていたのか。私はカノンのことを、実の娘のように思っているのに」
沈痛な面持ちで師匠が呟く。
ちょっと待って欲しい。俺はもともと男なんですけど。娘ってどういうことですか。
傍に王様とザルードさんがいるので、心に浮かんだその言葉は口に出すことができなかった。
そして、二人は気の毒そうな顔で師匠を見ている。
端から見たら、完全に俺が悪者だ。フォローが必要な雰囲気になっている。
このあと、師匠がどう出るか。予想はついたが、避けることはできなかった。自分から罠にかかりに行く気持ちで、言葉を紡ぐ。
「わ、私も師匠のことを親のように……思ってますよ!」
「……その言葉は本当かい?」
「……はい、本当です」
「そうか。……じゃあ、今日は一緒に寝ようね」
師匠がにっこりと笑う。
ああ、やっぱり。
どう考えても、はい。としか言えない状況で。俺は諦めて、頷いた。
俺が師匠の罠にかかった後、場の話題は魔族のことになった。
魔族が何故、王都近郊に潜伏しているのか。それはまだ分かっていない。
だが、何かを企んでいるのは間違いなく。それを調べるためにも近々、大規模な調査が実施されるそうだ。
その後は師匠との出会いについて尋ねられた。ここは本当のことを言う訳にもいかないので、師匠とエルヴェに面識があり、事前に紹介されていた。と、師匠と口裏を合わせ説明をする。
その話を最後に、王様と宰相は予定があると言い、退出していった。
師匠は窮屈な服を着替えたい、と言い。俺も特に予定は無かったので。一緒に退城し、師匠の家へと帰った。




