24 叙勲式
「――やっぱり出なきゃ駄目ですか?」
憂鬱な気持ちで、隣にいるマーサさんに尋ねる。
「はい。出て頂かなければ困ります」
対して、マーサさんは笑顔で答える。
何度目か分からないやり取りを繰り返し、ため息を吐く。俯いた視界に、俺が今着ている服が映る。以前マーサさんに買ってもらった儀礼服だ。
「――カノン様。御髪の方はどう致しましょう?」
「あ、お任せします」
「では、編み込ませて頂きますね」
言いながら、俺の髪を弄るマーサさん。
王城、その一室にて。俺は今、儀礼服に身を通し。身だしなみを整えていた。
服も髪も全て、この後開かれる叙勲式に出席するためのものである。
俺は魔族を撃退した。ことになっている。
正確にはカリストさん達のおかげで撤退してくれただけなのだが。どうも、そのカリストさん本人が、俺が撃退したと報告してしまったらしい。俺は気絶していて、その報告の場にはいなかったため。カリストさんの言葉を否定することはできなかった。
そして、気づいたときにはもう手遅れとなっており。俺は魔族撃退の功労者となってしまった。
それだけならば、まだ良い。精々、前回のように内々に報奨を貰っておしまい、となっていたかもしれない。
だが今回は運が悪いことに、目撃者が多すぎた。それも学園生という、言わば一般人に見られていたことが不味かった。
人の口に戸は立てられない。魔族が王都周辺に現れたことは、瞬く間に王都内に知れ渡ってしまった。
今のままでは、ただ王都に住む人の不安が増すばかりである。だから国は、英雄を欲したのだ。
魔族が王都周辺に現れた。だが、魔族は英雄を前に手も足も出ず、撤退した。被害は騎士団に多数の負傷者が出たのみ。
そうした事実を並べ立て不安を払拭する魂胆である。
結果、内々にではなく。大々的に叙勲式をやることになったのだ。
叙勲式への出席を打診された際、最初は断った。俺は自分が魔族を撃退したとは思っていない。むしろ、自分の未熟さを知ったぐらいだ。
だが、この叙勲式の意味を説明され。国民のためにも出てほしいと言われてしまった。
そう言われたら、出席しない訳にはいかない。俺は渋々、叙勲式への出席を了承し。今はその準備のために身を整えていた。
いや、まあマーサさんに全部やって貰ってるんだけど。座りながら、されるがままに体を弄られる。
この後の式のことを思い、俺はもう一度ため息を吐いた。
そもそも俺は平民だ。礼儀作法も知らないし、こういう場に慣れている訳でもない。
大勢の王侯貴族の視線に晒されて、報奨を受け取るなんて。考えただけでも胃に穴が空きそうだ。
何か他の方法は無いかと周りに相談したが、皆力にはなってくれなかった。アイリス様からはおめでとう! と喜ばれてしまったし、師匠からは弟子の晴れ舞台がどうのと言われてしまった。
俺に味方はいなかった。
「カノン様、終わりました。いかがでしょうか」
マーサさんの言葉に、前を向く。前方に置かれた姿見に、着飾った少女が映っている。それは、年齢以上に大人びえて見えるが、かといって背伸びしているようには見えない。人形のようにも見える、整った顔は。可愛い、というより美しいと表現した方が良いだろう。
ようやく最近、見慣れてきたはずの少女は、どこにもいなかった。薄く化粧を施し、頭の後ろで髪を編み込む、ただ、それだけで別人のようで。姿見に映っているのが、今の自分なのだとは思えなかった。まるで、他人を見ているような感覚だ。
――これが、俺?
いつもと異なる雰囲気の自分に驚く。同時に、城に仕える侍女の凄さを知る。
マーサさんにお礼を伝えると、微笑まれた。
「素材が素晴らしいので、つい張り切ってしまいました」
別に張り切って貰わなくても良かったのだが。そんなことを言う程、野暮でも無いので、曖昧に笑って返す。
準備を終えたので、別の控え室へと移動した。シンプルに椅子とテーブルだけが備え付けられた部屋。ここで暫く待っていて欲しいと言われ、マーサさんは退室した。時が来たら呼びに来るようだ。
部屋に備えられていた、ふかふかの椅子に座り待っていると、扉が開いた。呼ばれるのかと思い、そちらを見ると、カリストさんが立っていた。
「カノン嬢! もう体は大丈夫なのか?」
「はい。今は元気です」
「そうか、それは良かった」
「あの、カリストさんが倒れた私を運んでくれたんですよね?」
「ん、ああ。そうだよ」
「やっぱりそうでしたか! ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言うのは私の方だ。本当に助かった、ありがとう」
カリストさんとお互いにお礼を言い合う。更に話を聞くと、カリストさんも叙勲式に出るとのことだった。カリストさんには会ったら文句を言ってやろうと思っていたが、叙勲式直前に。貴方のせいで式に出るはめになった、と言うのも良くない気がする。今日はやめとこう。
二人で話しながら待っていると。やがて、迎えの人が来てカリストさんを連れて行った。
先に待ってたのに、後回しにされてる感じが寂しい。更に待っていると、ついに俺の番がきた。
迎えにきた衛士に連れられ、謁見の間の入口まで移動する。俺が到着したのを確認すると、扉が開けられた。
訪れるのは二度目となる、部屋へと入り真っ直ぐに進む。
足元には赤い絨毯が広がり、その先の玉座に王様が座っている。この前と違い、部屋の左右には多くの人が整列しており。部屋の入口から玉座の手前にかけて、鎧の集団から儀礼服の集団へと層が別れている。鎧の集団が騎士団。儀礼服の集団が貴族なのだろう。
儀礼服の集団の中にカリストさんを見つけた。報奨を貰った後、そのまま列に加わったのだろうか。あの人、貴族だったんだ。
歩を進めていると、左右から囁き声が聞こえてきた。
「あれが噂の少女か?」
「まだ子供ではないか」
「だが、噂通り美しいぞ。魔術師としての力量も噂通りなのやもしれん」
「ううむ。とても信じられんが」
好き放題言われているようだ。それら全てを無視し、歩く。所定の位置に着くと、俺は以前と同様に片膝をついて頭を下げた。
「面を上げよ」
王様の言葉に顔を上げる。今日は王様の左右には人がいない。王子様もいない。王様だけが、その場に座していた。
「よくぞ参った。英雄カノンよ」
そう話す王様からは、以前謁見した時のような親しみやすい雰囲気は微塵も感じられなかった。瞳に強い意志の力を宿し、厳かな態度でこちらを睥睨している。
「魔族を追い払い、国民を守ってくれたこと、改めて感謝する」
そうして、王様との二度目の謁見が始まった。




