23 目が覚めたら
気づいたら、目の前には知らない天井があった。
俺は……ああ、そうか。また倒れたのか。
……何か前にもあったな、この状況。
起き上がり、自分の体を見る。小さい手が視界に映った。
残念。元の体に戻っているなんてことは無かった。まあ、反転の魔術を受けたわけではないので、当然なのだが。
改めて、周りを見る。石造りの部屋。大きい部屋だ。高そうな家具が置かれている。脇に目をやると、椅子に座った状態で、俺が寝ていたベッドに頭を預け、寝ている少女がいる。――アイリス様だ。
俺が寝ている間、ずっと傍にいたのだろうか?
「――んっ」
アイリス様が身じろぎした。ゆっくりと目を開け、俺を見る。目が合った。アイリス様の目が大きく見開かれる。
「おはようございます。アイリス様」
「あ……カノンちゃん!」
挨拶すると同時に、抱き締められた。
「良かった。……カノンちゃん、全然目を。……覚まさなかったから」
啜り泣く声。頭が震えている。
「……ご心配おかけしました。私は大丈夫ですよ」
安心させるように、頭を撫でながら、優しく声をかける。
「アイリス様は大丈夫でしたか?」
「……うん。カノンちゃんのおかげで、私達は皆。無事に戻ってこれたよ」
「そうですか。良かったです」
俺の肩で泣くアイリス様を撫で続ける。暫くそうしていると。落ち着いたのか、アイリス様が体を離した。恥ずかしそうに顔を逸らすアイリス様。少し、頬が赤い。
「ごめんね、取り乱して」
「いえいえ、生徒を安心させるのも先生の務めですから」
そう言うと、何故かアイリス様がむくれた表情を見せた。ころころと表情が変わる様子が可愛らしい。
「何で笑ってるの?」
「いや、アイリス様が可愛いなと思って」
「むぅ、カノンちゃんの癖に」
頬を引っ張られた。照れ隠しでやっていることは分かったので、抵抗はしない。ひとしきり、弄られた所で、満足したのか解放してくれた。
しかし、可愛いという言葉が、自分の口からすんなりと出てくるとは。俺は自分の変化に内心、驚いた。
「でも、カノンちゃんは凄いね。魔族を一人で追い払っちゃうなんて」
「魔族を追い払えたのは、騎士団と魔術師団の方達が来てくれたからですよ。私一人じゃ、とても追い返せませんでした」
「でも皆が駆けつけるまでは、一人で戦ってたんでしょ? 凄いことだって、お父様も言ってたよ」
「ギリギリでしたけどね」
苦笑しながら、呟く。
そう、ギリギリだった。実力は五分。だが、体力、魔力で負けていたため、持久戦になっていれば勝機は無かった。もう少しカリストさん達が来るのが遅ければ、俺は負けていたかもしれない。
今回は単に運が良かっただけなのだ。
それが分かっているからこそ、素直に喜ぶことはできなかった。
自分の力が足りていないことが、恨めしい。
「それでも、カノンちゃんは私達を守ってくれたよ」
微笑みながら、アイリス様が言う。
「誰が何と言おうと、それは間違いないよ。ありがとう、カノンちゃん」
「……約束しましたからね」
真っ直ぐにお礼を言われ。照れくさくなり、思わず目を逸らしながら、答える。
「うん。約束。守ってくれてありがとう」
その言葉と共に。再び、抱きしめられた。
――また、励まされたな。
元の自分よりも年下の少女に励まされる。けど、その言葉が暖かくて。優しく抱きしめてくれたことが心地良くて。前みたいな情けない気持ちは湧いてこなかった。
「――ありがとうございます。アイリス様」
だからこそ。お礼の言葉は自然と出てきた。
「ふふっ。どういたしまして」
暫くその体勢で心地良さを感じていると。
ノックの音が聞こえた。その数瞬後、扉が開く。
「――失礼します」
入ってきたのはマーサさんだった。
アイリス様の肩越しに目が合う。
――沈黙が訪れた。
「ま、マーサさん。あの、ちが」
「目覚められたのですね。良かったです。ただいま医者を呼んで参りますので」
「あらマーサ、ありがとう。お願いね」
慌てて、弁明しようとしたが、その前にマーサさんは出て行ってしまった。
アイリス様も俺を抱きしめたまま振り向くと、マーサさんを平然と見送った。
何故か、見られたことを気にしていない。気まずいのは俺だけなのか?
「あ、あのアイリス様。お医者さん、来るみたいなので。そろそろ……」
仕方ないので口に出して、離して貰う。
笑顔で離れるアイリス様を見るのが、無性に恥ずかしかった。
その後、医者を連れてマーサさんが帰ってきた。マーサさんがいることが気になって尋ねると、ここは王城の医務室だと教えられた。
広く、豪華な部屋だったが、王城だとは思っていなかったので驚く。どうやら、俺が気を失っている間に、カリストさんがここまで運んでくれたようだ。今度会ったら、お礼を言わないといけない。
王城勤めの医者に診てもらうという贅沢な対応を受け。診察された結果。特に問題は無いが、暫く体を休めろと言われたため。なし崩し的に王城に泊まることになった。
これに一番喜んだのはアイリス様だった。俺の体を拭いたり、食事の世話を焼こうとしたため、その都度辞退することを繰り返す。
俺とアイリス様の攻防は結局、寝るときまで続いたのだった。




