幕間-勇者の独白3
私達、新生パーティの記念すべき初依頼は、残念なことに失敗となった。
戦術的撤退を行った私達は街へ戻るなり反省会を開いた。
今回の失敗の中で何が悪かったのか。そう、それは新入りであるユーゴの動きである。
私達は今まで、あんな雑魚共に負けたことなど無かった。確かに、オークには突破されてしまったが。そういう場面はこれまでにもあったのだ。それが一人、メンバーが代わっただけでこんな惨めなことになったのだ。
彼が犯人以外考えられない。
「ちょっと待って欲しいっすよ。あれはどうしようもないでしょ」
私の考えを述べるとユーゴが言い訳を口にする。
「俺達、魔術師は詠唱に時間がかかるんすよ。その間、前衛に守ってもらえないとどうしようもないっす」
この男は言うに事欠いて私達が悪いと言うのか。全く、どうしようもないな。
「ていうか、今までどうやって戦ってきたんですか!?」
「前はエルヴェが頑張ってた」
ユーゴの訴えに、ミレーユがすかさず口を挟んできた。何故今その名前を出すのか。
あいつは中途半端な存在だ。あいつのおかげなはずが無い。
「今のパーティを維持するなら前衛がもう一人いる」
ふざけるなよ。私とライデンだけでは、力不足だと言うのか。
「何度も言ってるがエルヴェは魔術師だ。彼が居なくなったからと言って、前衛を取る必要はない。ライデン、君はどう思う?」
ミレーユとだけ話してても埒が明かない。他のメンバーにも話を振ってみる。
「俺は、もう一人フォローが欲しい。……でなければ、もっと下の。例えばCランクとかの依頼に挑むべきだと思う。エルヴェが入る前は、元々Cランクだったんだ。そこからやり直すのも手だろう」
しかし、ライデンは。あろうことか、依頼のランクまで下げろと言ってきた。
その発言に、はっきりと失望する。
「……君までそう言うとは思わなかったよ。前衛としてのプライドは無いのかい?」
「プライドを持って挑んだ結果が、前回の失敗だ。これ以上、仲間を危険に晒すべきじゃない」
ライデンの発言に、私は言葉を詰まらせた。
「っ! ナターシャ、君はどう思っているんだ?」
「そうですね。私も前衛がもう一人必要なんじゃないかと思います」
驚くべきことに皆がもう一人前衛が必要だと言う。非常に腹立たしかった。
だが私以外、全員の意見が一致している以上、むげには出来ない。
私は悩んだ。今もう一人増やすと、それはエルヴェが冒険者二人分の働きをしていたということになってしまう。
それは断じて、認められない。
あいつは、中途半端な冒険者なのだ。認めるわけにはいかない。
前衛は増やさない。ならば、取れる道は一つしか無かった。
「……皆の意見は分かった。そうだな、仲間を募集しても、集まるまでには時間がかかる。アーカル伯爵にお願いするにも、ユーゴを紹介してもらったばかりだ。だから、ここは。ライデンの言った、Cランクの依頼を受けようじゃないか。
そこで、もう一度。私達の腕を磨き直そう」
どうだ? と問えば、反対の声は上がらなかった。いや、ユーゴだけは微妙そうな顔をしている。そう言えば、あいつはBランクだったか。下のランクの依頼を受けるのが不満なのだろう。
だが、ここは耐えて貰わなければ困る。今回の失敗の原因は奴にあるのだからな。
何とか、方針は決まった。次の依頼に行く前に装備を整えねばならない。
援助を求めて、アーカル伯爵の元へ行くと、嫌味を言われた。
「こちらも無限に援助できるわけでは無い。次の依頼では、失敗はしないで欲しいな」
「申し訳ありません。ですが、次はきっちりこなしてみせます」
「頼むぞ、勇者殿」
何故私が謝らなければならないのだ。これも全てユーゴとエルヴェのせいだ。
それからの任務は。私にとって非常に不満なものとなる。
Cランクになると、流石に依頼を達成できないなんてことはない。何とか、こなせるものの。
そろそろBランクを受けてみようと提案し、少しでもランクを上げようものなら、途端に任務達成は困難なものとなった。
Cランクまでしか達成できない。そうなると、ギルドからも苦言を呈される。
ついにはAランクからの降格を示唆されてしまった。
何もかもがうまくいかない状況に苛立ち、宿に戻ってから気分直しに一人酒を飲んだ。
こういう時は飲まないとやってられない。
何杯目だろうか。新しい酒を頼んだ時、ナターシャがやってきた。
「勇者様、あまり飲みすぎてはいきませんよ」
「なんだ。君も私を馬鹿にするのか?」
「そんなことはありません」
「ふん、どうだか。内心では私のことを、Cランクの勇者などと嘲笑っているのだろう?」
酒の勢いに任せて、ナターシャを詰る。分別のつかない発言をしてしまうくらいには、私は酔っていた。
「……今はCランクでも良いではないですか」
「何?」
「伝承にある勇者は、逆境の中でその真価を発揮したそうです。きっと、今がその時なのですよ。
ルノアール様も、その真価を発揮すれば。瞬く間に駆け上がっていくに違いありません」
「逆境の中で真価を……」
不思議とその言葉が胸の奥に響いた。そうだ。今、私は間違いなく逆境の中にある。
伝承の勇者が真価を発揮できたのなら、同じく勇者の素質を持つ私もまた、真価を発揮できるはずだ。
「……ああ、そうだな。今こそ私は、私の底力を見せるべき時なのかもしれない」
「そうです。あなたが真価を発揮したら、誰もあなたに適わない。魔族でさえ、あなたの前にひれ伏すことになるでしょう。
そのときまで、私が支えます。それが私に与えられた役割なのですから」
ナターシャが優しく微笑む。そういえば、ナターシャは元々、勇者――つまり私を補佐するために、教会から派遣された修道女だったな。なるほど、それならば勇者のなんたるかについて詳しいのも納得だ。
そうか。私はこれから魔族をも、一人で倒せる力を手に入れられるのか。
さっきまでの苛立ちが嘘のように消えていた。私は気分良く、運ばれた酒を飲み干すと、この先訪れる光景を思い浮かべ、笑うのだった。




