17 アイリス様とのお茶
放課後、アイリス様と約束をした俺は学園の中の、食堂で落ち合った。
ウィルソン先生に一応、尋ねたところ。公私の分別をしっかり付けるなら、学外で会うのも多少は問題無いと言われたのだが。今日は学園の食堂にさせてもらった。
今の俺にはお金の余裕が無い。臨時講師にはなったが、給金はまだ出ていなかった。
食堂は学生達の懐に優しく、安い。アイリス様は紅茶を。俺は珈琲を頼んだ。
珈琲を頼んだ俺を見て、アイリス様が大人だねぇ。と微笑む。何故、そんなことを言われたのか分からず、曖昧に笑う。
珈琲を口に含んだ瞬間、俺は顔をしかめた。
昔、飲んでいたものよりもかなり苦く感じる。ここの食堂は濃い珈琲を提供しているのか?
いや、食堂に来る客はほとんどが学生達だ。そこまで、濃いものを出すとは思えない。
だとすると、苦く感じる原因は自分か。体が変わったことで味覚が変わったのかもしれない。
もう一度、口に含む。
駄目だ、このままでは飲めない。
黙ってミルクを注ぐ。それを見ていたアイリス様に笑われた。
恥ずかしかったので、誤魔化すようにアイリス様に近況を尋ねると。勉強してただけと言われ、逆に俺の近況を尋ねられた。今度は自分のことを話し始める。
「――それで、カノンちゃんは講師になったんだね」
「そうなんです。何か大袈裟なお礼になっちゃいました」
国王様との面会の話をする。講師になった理由は、面会の時と同じく図書室目当てだと伝えた。本当の目的は説明できないので、単に珍しい魔術を学びたいとだけ説明する。
「お父様はこの国の王様だから。親として、というよりは国の代表としてお礼を言わなきゃいけなかったんだと思うよ」
「はぁ、偉い人って大変ですね」
アイリス様の説明になるほどと返すと、何故か笑われた。言い方が面白かったらしい。
「……そう言えば、王都の近くに魔族が居た理由は分かったんですか?」
話の流れから、魔族について尋ねてみる。
「うーん、私も詳しくは分からないんだけど……。あまり調査は進んでないって言ってたかなぁ」
「そうですか……すみません、あの時生きた状態で捕まえられてたら良かったんですけど」
「何言ってるの! 魔族を倒せただけでも凄いのに、捕まえるなんて無理だよ」
「いや、捕まえるだけなら何とかなったかもしれないので……」
あの時は苛立ちをぶつけるように、手加減抜きで魔術をぶっぱなしてしまったが、もうちょっと威力の低い魔術を使っていたら。殺さず捕まえることもできたかもしれない。
そう考えると申し訳なさが勝り、気落ちする。
「ううん。例えできたとしても、そこまでする必要は無いよ。カノンちゃんが居なかったら私達どうなってたか分からないんだから……カノンちゃんが助けてくれただけで十分なんだよ!」
力強く、アイリス様が話す。しっかり俺の目を見て話す姿からは、偽りの表情は見受けられなかった。真剣にそう思っていることが分かる。
励まそうとしてくれるその気遣いが有難かった。
その優しさに感謝しつつも、中身で言えば何歳も年下の女性に慰められている自分を情けなく思う。
そんな二つの感情がないまぜになった状態で、俺は自分の気持ちを誤魔化すように笑った。
「ありがとうございます。……ただ、あのアイリス様、私一応は講師なのでちゃん付けは止めて貰えると……」
「えー、プライベートでも駄目? 普段はちゃんとカノン先生って呼ぶから」
「あぁ、まあ普段はしっかりしてくれるなら……」
「うん、しっかりするよ! だからカノンちゃんもプライベートでは私のこと、お姉ちゃんって呼んでくれていいからね!」
「それは流石に呼べません!」
二人で楽しく会話をする。そこからは当たり障りない会話が続き、日が落ちる前に解散となった。
☆
アイリス様と近況を報告し合ってから数日が過ぎた。ある日の放課後、俺は学園の図書室に向かっていた。
あれから何だかんだ忙しく、時間が取れなかったのだが。今日、ようやく空きができたのだ。
師匠は師匠で、仕事の合間に王城の書庫を探してくれてはいるが、そちらの状況は芳しくない。
図書室で手掛かりが見つかるといいけど……。
図書室に着き、扉を開ける。中に入ると本の匂いが鼻についた。
中に入って辺りを見回す。
「おや? えらく小さなお客さんだな」
男の声。声の方を向くと事務員の服を着た、眼鏡の男性が立っていた。
「僕はシャルナーク。ここの司書だ。その制服……君はもしかして講師なのかい?」
「はい。カノンって言います。魔術課の講師です」
挨拶をすると驚かれた。最近、徐々に見慣れてきた表情だ。
「そうか、君が噂の臨時講師だね。ここに来たってことは、何か本を?」
「はい、ここには珍しい魔術書があるって聞いて」
「あぁ、魔術書か。勉強熱心だね。それならこちらにあるよ」
シャルナークさんに連れられ奥に行く。三と表示された区画に入った所で、シャルナークさんがこちらへ振り向いた。
「ここの区画の本は全部魔術書だ。ここにあるのは全部、閲覧可能だから。好きに読むと良い」
「ありがとうございます。あの、閲覧ができない本もあるんですか?」
「あぁ、禁書の類があるよ。別の場所で厳重に保管されてるけどね」
なるほど、禁書もあるのか。
色々と教えて貰ったあと、俺はもう一度お礼を言うと、本棚へと向き直った。
反転の魔術が存在したとして、禁書の中に載っている可能性も少なからずある。ここで見つからなければ、いずれは禁書も探す必要が出てくるだろう。だが、今はそんなことを考えても仕方がない。
まずは閲覧できる本から調べていこう。
本棚を見上げる。本がぎっしり詰まっている。
周りを見る。
三と区画された本棚は。教室一個分程のスペースを占めていた。
――もしかして、これ全部魔術書か?
本棚が、宝の山のように見えた。反転の魔術以外にも、面白い魔術が見つかるかもしれない。
俺は喜々として手近な所から数冊抜き取ると、近くに設けられた読書スペースまで持って行き、腰掛けた。
早速、本を開き。俺は中身へと目を通し始めた。




