16 歓迎の挨拶
入学式にて講師陣代表として挨拶することになった俺は、壇上に立ち会場を見渡した。
アイリス様の挨拶の時と違い、明らかに戸惑った視線を感じる。会場にざわめきが生じた。
子供? あれが講師か? かわいい。などと話す声が聞こえる。
一部、良くわからないものがあるが、大体予想通りの反応。登壇する前よりも、緊張が増した気がする。魔物や魔族と相対した時とは違う。異質な緊張感。ちゃんと喋れるだろうか。
息を吸い。吐く。ふと、右の方へ目を向けると。その先、Sクラスの集まりの中に、アイリス様を見つけた。周りと同じく、口を開けて驚いた顔。先程までの雰囲気とは全く違う、その表情がおかしくて、少しにやけてしまった。
俺は目線を壇上に備え付けられた拡声器を通して挨拶を始めた。
「――新入生の皆さん、初めまして。魔術課の講師を担当するカノンと申します。よろしくお願いします」
言葉は淀みなくでてきた。
「――皆さんは私の姿を初めに見て、どのように思ったでしょうか。こんな子供が講師? 授業なんてできるのか? 様々な感想を持ったでしょうが、共通して言えるのは。きっとどれも後ろ向きなものなのでは無いでしょうか」
話す内容は事前に、ウィルソン先生に確認してもらっている。事前に練習も行った。
だからだろうか。詰まること無く言葉が出てくる。
「――そんな皆さんにお伝えしたいことは、物事を見かけで判断はしてはいけないということです」
詠唱を開始する。使う魔術は上級魔術。挨拶の内容と同様に、ちゃんとウィルソン先生に確認を取った。それなのに不安そうな顔をされたのは心外だが、前科があるので仕方が無い。
だから、今日はしっかりと。加減をする。
「――『クリエイトスカルプチャー』」
詠唱完了と共に、短く、優しく告げる。同時に体の中で組み上げた魔術を解放する。
俺の少し頭上に大きな魔法陣が現れた。
その魔法陣が輝きを増す。
「――上だ!」
最初に気づいた人が声を挙げた。
その声に釣られた学生達が上を見上げ。皆、一様に息を呑んだ。
会場の天井には一面の花が咲いていた。
ただの花ではない。どれもが氷でできた、造花である。
天井に吊り下げられた明かりに当てられ、輝く景色は神秘的な様相を醸し出していた。
「これは私達からの歓迎の気持ちです。……さて、今使った魔術は氷の像を造る魔術になりますが。皆さんの中で、私がこのような魔術を使えると、初見で見抜いた人はどれだけいるでしょう」
学生達を見渡す。誰もが、静かに俺の言葉を待っている。懐疑的な視線は、もはや何処にも無かった。
「――大切なのは見た目に騙されることなく本質を見ようとすることです。皆さんにはこの学園での生活を通して、本質を見抜く力を養っていってもらえたら嬉しいです」
俺は話を締めくくると、最後に手を掲げ、軽く振った。
瞬間。天井の花が、全て砕け散った。細かい氷の破片が宙に舞い、キラキラと輝く。
幻想的な光景に、学生達の間から歓声が上がった。
壇上を降りながら、俺は内心安堵のため息を吐く。
受けは非常に良かった。学生達の心は掴めたと思う。
ウィルソン先生の言いつけ通り、やりすぎない程度で。学年主任の言った、目にものを見せてやれたんじゃないだろうか。
俺の挨拶がどうだったか。できを聞こうとウィルソン先生に声をかけると、複雑な表情をされた。
「あぁ、いや。完璧だったよ。実に良かった。……ただなぁ。あれじゃあ、俺達のハードルが上がっちまう」
「……文句は学年主任にお願いします」
☆
入学式では理不尽な批評を受けたが、その後の初授業は滞りなく終えることができた。
Aクラスが俺の初めての授業だったのだが、入学式での挨拶が効いたのか、皆真面目に話を聞いてくれる。
心配していたようなトラブルが起きることもなく、授業ができたのは。学年主任の狙い通りというべきだろうか。その点については、感謝したい。
結果、ウィルソン先生に文句を言われたのは、理不尽だったけど。
授業が終わった後は、学生達に囲まれた。主に女子生徒達が、質問攻めにしてくる。自分より背の高い人達に囲まれるのは、なかなかの恐怖だった。
質問は適当に切り上げ、何とか囲いを抜け出す。
「カノンちゃ……先生」
職員室へ戻るため、廊下を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある声。立ち止まって、振り返るとそこにはアイリス様がいた。
「お久しぶりです、アイリス様」
「お久しぶりです。まさかカノン先生がこの学園の講師だとは知りませんでした」
「講師になったのは、二週間程前でして」
「そうなんですか!?」
「はい」
笑顔で話しかけてくるアイリス様に、笑いながら返事をする。前よりはうまく話せてる気がする。
「――ところでカノン先生。前、王城に来たとき。何で会いに来てくれなかったんですか?」
「え? あ、いや。すみません。あのとき挨拶はしたかったんですけど――」
そう思ったのも束の間。突如、アイリス様がむくれた顔を見せてきて。途端に返事が、しどろもどろになった。
怒っている女の子なんて、どう接すれば良いのか分からない。とにかく必死に謝る。
実際、王城で国王様と面会した時、アイリス様が居なかったことが気にはなっていたのだ。だが、国王様から示された報奨への衝撃が強すぎて。その後は、アイリス様のことをすっかり忘れてしまっていた。
……あれ。俺が悪い、のか?
「ふーん、しっかりと反省してますか?」
「はい、反省してます」
アイリス様が尋ねてきたので、即答する。
「じゃあ、放課後。私とお話して下さい」
「え? ええと、放課後は……は、はい。分かりました!」
そんな俺に、アイリス様が放課後会おうと言ってきた。
本当は図書室に行きたかったのだが、一瞬迷った際に。更に不満そうな顔を見せたので、思わず了承してしまう。
アイリス様が一転。嬉しそうな顔で、両手を胸の前で合わせた。
「ありがとうございます。絶対にですよ。約束ですからね!」
そう言って、アイリス様は嬉しそうに去って行った。
その後ろ姿を見送りながら。俺は小さくため息を吐いた。
仕方ない。図書室には明日行こう。
夜、もう一話更新します。




