15 学園の入学式
講師になることが決まってからの一週間はあっという間だった。やることが多く、毎日学園へと足を運んだ。
まずは身長や胸囲などを測られる。制服は貸与制のため、そのサイズを確認するためだ。
当然、Sサイズを貸し出されるが、一番小さなサイズですら俺には少し大きめだった。男女関係なく一律同じデザインのワイシャツと、スラックス。それらの袖を折ったり、裾を詰めて何とか着るも。かなり不格好だった。
俺の格好を見て急遽、特別にSSサイズを作ってくれることになってしまった。申し訳ない。
職員室で講師陣へ挨拶をする。当然ながら俺の姿を見て、皆が驚きの視線を向けてくる。挨拶はしづらかった。
俺は新人と言うことで、上司がつき、指導を受けることになっていた。上司はウィルソン先生となった。授業の進め方をウィルソン先生より学ぶ。
学園にはカリキュラムが存在し、どの学年で何を学ぶかが決められている。それに合わせて授業計画を作成するとのこと。ただし、最初の計画通りに進むことなどほとんど無く、生徒の習熟度、その時の状況などから随時計画を修正していくことが大切なのだと教わった。
流石は王国一番の学園。しっかりしているなと思いながら計画を作成するが、これが難しかった。
俺は次期一年生、もうすぐ入学する学生達のクラスの一部を受け持つことになっていた。この学園のクラスは成績ごとに上からS、A、B……と組まれる。
俺はその内の何故か、上から三クラス、S、A、Bクラスを任された。
何故、新人講師に優秀な生徒を任せるのかと問うと、優秀な生徒は多少授業が下手でも自ら学んでいくから新人向きなのだと、回答された。
逆に成績が良くない学生を教育する方が大変なので、こちらをベテランが担当するのだと。
ウィルソン先生の答えに納得したので、それ以上の疑問は無く、計画を作成していく。
既に入学試験は終わっているので、生徒の成績は出ており、クラスの編成も完了してある。Sクラスに割り当てられた生徒の成績は確かに優秀であった。その名簿の中にアイリス様の名前も見つけた。アイリス様は非常に優秀だった、というか学年で一番だった。
そう言えば、謁見の時には会えなかったけど。元気にしているだろうか。
ともかく、Sクラスは皆、成績優秀なので、授業にそこまで苦労はしないだろう。Aクラスも基礎は学んでそうだから、こちらも問題ない。
問題はBクラスだ。ここまでくるとクラス内でも習熟度に差が出てくる。習熟度が異なる学生を一つのクラスで纏めて面倒を見る。
かなり大変な作業になりそうだ。
俺はウィルソン先生に指導して貰いながら、四苦八苦して授業計画を作成していった。
そうやって色々と仕事をこなしていると、あっという間に時間が経つ。
未だ、図書室を訪れることができていない中。新学期を迎えた。
今日は新入生の入学式だ。
三百人の新入生が入っても、なお余りある講堂で、新入生達が壇上に向かって座っている。
何とか間に合った、SSサイズの制服に身を通し、俺は講師が並ぶ列の最後尾に座った。講師陣は生徒を横から眺めるように座るので、俺の場所は壇上からは離れた位置となる。
「カノンちゃん、大丈夫? 緊張とかしてない?」
隣に座る生物課の講師、ニア先生が尋ねてきた。
女性にしては珍しく、短く切りそろえられた栗色の髪。まだ二十歳になったばかりらしく、少し丸みを帯びた顔は、どこか幼い印象を与える。その彼女は、去年講師になったばかりだと言っていた。歳が講師陣の中では一番近いためか、やたらと俺に構ってくる。
「緊張は少ししてますけど、大丈夫です」
「大丈夫なら良かった。何かあったら、ちゃんと相談するんだよ」
「はい、ありがとうございます」
本当は二十二歳なので、俺の方が年上なのだが。大人しく頷く。
その後も緊張をほぐそうとしてくれているのか、色々と話を振ってくれる。
そんなに緊張しているように見えるのかな。
壇上では式が進み、新入生代表の挨拶となった。
「あ、カノンちゃん。ほら、王女様来るよ」
さっきまで俺の方に顔を向けていたニア先生が壇上へと視線を向ける。
話してて分かったが、この人はなかなかのミーハーだ。
「やっぱり王女様ね。とても凛々しくて素敵だわ……」
うっとりするように王女を見つめている様は、完全に夢見る乙女である。
その姿に苦笑しつつ。自分も同じく王女、アイリス様を見た。
凛とした佇まいで堂々と挨拶をする様は、その容姿と相まって、確かに荘厳な雰囲気を纏っている。
横目で見るとニア先生だけでなく、他の講師陣や学生達も彼女に見蕩れているようだ。
俺としては歳相応に話し、笑うアイリス様を既に見ているので、その落差に驚いていた。普段は普通だが、締めるとことろはしっかりと締める。王族としてこういう場には慣れているのかもしれないが、この歳でそれができるのは凄いと思う。
そんなことを考えていると、挨拶が終わった。皆から拍手で迎えられながら、アイリス様が壇上を降りた。
これで、本日予定している挨拶の内三つ。学園長、生徒会、新入生代表によるものが終わった。残るは一つである。
「――続きまして、講師陣による歓迎の挨拶となります。講師代表――カノン先生」
拡声の魔道具により増幅された声が響く。
呼ばれて、返事をすると立ち上がった。ニア先生から頑張って、と激励されたので頑張ります、と答えて壇上へと向かう。
たかが臨時講師の、しかも新人である俺が講師代表で挨拶をする理由は一つ。俺のためである。
講師陣は俺が魔術に秀でていることをウィルソン先生から聞いている。だが、学生達は知らない。そんな状況で、子供の俺が講師です、と言えばどうなるか。間違いなく、トラブルが起きる。と言うのがベテラン先生方の意見だった。
特にSクラスの学生はエリートであり、自分の実力に自信を持っている人物ばかりだ。そんな人達が自分達より幼い先生の教えを乞うなど、プライドが許さないだろう、と。
だから、俺が与えられた役割はたった一つである。
――初っ端の挨拶で、自信家達の鼻をへし折ってやれ。
学年主任の先生から多少やり過ぎても構わないという、お墨付きを貰って。俺が代表の挨拶をすることになったのだ。
まあ、ウィルソン先生からは控え目にしろと釘を刺されているのだけど。
講師陣の後ろを歩いて前に向かうと、皆が頑張れ、と声を掛けてくれた。
それに、俺は笑顔で応えていく。ウィルソン先生だけが、不安そうな顔でやりすぎるなと言ってくる。
これにも笑顔で大丈夫です、と返し。
俺は壇上へと登り。学生達と対面した。




