14 臨時講師の試験
「――実技の試験内容は以上になるが、何か質問はあるか?」
「いえ、大丈夫です」
直ぐ横に立つ魔術課の講師、ウィルソン先生へ答える。男にしては珍しく、肩口まで伸ばした髪。日にあまり当たっていないのか、肌は白く。体も細いため、病人のように見える。
俺を迎えにきた彼に連れられ、着いたのは屋外の演習場。広場となっているそこの。端に立つ俺達の前には九個の的が等間隔に並んでいる。一番手前のそれには十と書かれており、奥に行く毎に十ずつ数字が増えていく。遠すぎて見えないが、一番奥には百と書かれているらしい。
ウィルソン先生曰く、的に書かれているのは距離とのことなので、一番奥までは百メートル離れていることになる。
ここに連れてこられた後、告げられた試験内容は至って単純だった。
――自分の使える魔術の中で最も難易度の高いものを、可能な限り遠い的を狙って撃つこと。
なるほど、実力を見るならこれ以上簡単な方法は無い。
難易度の高いものを撃たせることで、どのレベルの魔術まで修めているかを確認し。
可能な限り遠い的を狙わせることで、魔術師としての技量を測る。
そんな意図が見える。
そう。遠い的を狙うのは案外難しい。魔術を狙って飛ばす精密さが求められる。それも難易度の高いものであればあるほど、威力も大きく、大味なものになっていく。それを正確に調整するには技量が必要となるのだ。
この後、筆記試験もあると言っていたが。おそらくはこの実技が最も重要なのだろう。
「それじゃあ、好きなタイミングで始めてくれ」
ウィルソン先生が試験の開始を告げる。
さて、どの魔術を使おうか。
正直、試験内容的には大して難しくない。単純に試験内容を満たそうと思えば、上級魔術の中でも広範囲に効果がある魔術を放てば良い。そこまで狙いを定めなくても簡単に遠くの的に当てることはできるはずだ。
だが、そんな簡単なやり方で、果たして合格を貰えるのだろうか。
仮にもここは王国中の才ある若者が集う学園であり、俺はそんな子供達を導く、講師になるための試験を受けているのだ。
中途半端な魔術を使って、不合格になったら目も当てられない。
しかも、ウィルソン先生はかなり懐疑的な目で俺を見ている。当然だ。魔術師を見た目で判断してはいけないのは常識だが、限度がある。魔術師団長のメルエムさんも言っていたが、俺の見た目の歳で、上級魔術が使える魔術師なんかいないのだ。
魔術師としての実力が高いからこそ、俺の歳で上級魔術が使えるとは思わないし、技量があるとも思わない。この人は優秀な魔術師なのだろう。
うん、ここは全力を出すべきだな。そして、アピールも忘れないように、と。
方針を決めるや否や、俺は詠唱に入った。集中すると同時に魔力が高まっていく。
「これは……上級魔術、だと?」
隣でウィルソン先生が呟く。俺が上級魔術を使おうとしていることに気づき、驚いている声。
だけど、それだけに驚いている場合じゃないですよ。
俺は、固有スキル『重複化』を使って、さらに魔力を練り上げていく。
詠唱が完了する。同時に出現する二つの魔法陣。当然、発動するのは二つの上級魔術。
「――『ディバインセイバー』、『メテオフレイム』!」
魔術の宣言により、魔法陣の輝きが増す。
直後、俺の頭上に光が集まり。今の、俺の身長程度の剣が現れた。
伏せた状態で切っ先を前方に向ける。狙うのは最奥の的。
ここからだとかなり小さいが、平行して発動した初級魔術によって、視界を拡張。はっきりとこの目に捉える。
弓引くように。剣を放つ。解き放たれ刃は、物理法則を無視した加速を見せ。
瞬間的に百メートル先まで到達し。
正確に、そこの的を射貫いた。
破砕音が聞こえる。
その結果を最期まで見ること無く、今度は70メートル先の的へと目を向ける。同時に手を上方へ伸ばす。
その手の先、遙か上空には無数の火球。それの溜めが完了したことを確認すると、俺は手を振り下ろす。
同時に、火球が地表へと降り注いだ。次々と落下し、70はおろか前後の60、80の的も、まとめて粉砕する。
会心の出来だった。
最奥の的を射貫くことで、魔術を操る技量を示し。上級魔術の中でも特に難易度の高い『メテオフレイム』を放つことで、高難度の魔術も修めていることを示す。
完璧なアピール。
これなら、ウィルソン先生も満足してくれるに違いない。
「――と、こんな所です。どうでしょ……あの、大丈夫ですか?」
魔術のできに満足しながら、ウィルソン先生へと振り返る。何だか様子がおかしかった。
俺の言葉に反応することなく、呆然と突っ立っている。その目は、的の方へと向けられている。
ん?何だか反応が――。
もう一度、的の方を見る。
無数の火球が降り注いだことによって、生じた幾つものクレーター。最奥の的の、さらに奧では植木がえぐれている。光の剣が突き立った痕だ。
魔物と壮絶な戦いでも行ったのかと、言わんばかりの惨状が広がっていた。
――あぁ、うん。やり過ぎた。
俺はもう一度ウィルソン先生へと向き直った。未だに現実の世界に帰ってこない彼に向かって、膝をつき、頭を下げる。
「あの、その。すいませんでしたぁ!」
俺は土下座しながら、謝罪した。
☆
「ぶはっ。そりゃ確かにやり過ぎだな」
夜、師匠の家にて。夕飯を共に食べながら、今日の出来事を話すと。師匠は開口一番、爆笑した。
「でも、全力でやれって言われたんですよ? だから全力でやったのに……」
対して、俺は非難がましく愚痴る。
あの後、我にかえったウィルソン先生から説教された俺は、演習場の後始末をさせられた。
それが終わってから、ようやく筆記試験へと移り。解放された時には日が沈みかけていた。
ウィルソン先生からは十分に気をつけて帰れと言われて送り出された。家に着いたときには夜になっていた。
「いくら何でもメテオフレイムはやりすぎだ。もう少し加減してやらないと」
「むう。そんなこと言われても。落とされたら嫌ですし」
「あはは、まあやっちゃったものは仕方ないさ。……それで、結果はどうだったんだい?」
「結果はまだです。手紙で通知するって言ってました」
師匠の言葉にむくれていると頭を撫でられた。まだ多少、気恥しいが、素直に撫でられていると嫌な気持ちが薄れていく。何だか、この姿になってから少し精神が幼くなってきたような気がする。
いや、気の所為だろう。うん。
ちなみに、筆記試験では様々な魔術理論を問われたが、どれも師匠から叩き込まれたものばかりだったため、問題なく解けた。合格はできているんじゃないかと思う。
後日、無事に合格の通知が届き、俺は晴れて学園の臨時講師となった。
本日、もう一話更新します。




