12 王様からの報償
王様から望む報奨を問われた俺は黙考した。
こういう場でどう対応するのが正解か分からない。一度辞退しようともしたので、これ以上辞退するのも不敬に当たったりするのか?
中途半端なことをして不敬を問われても嫌だし。当たり障りのない褒美でも貰うのが良いか……。
何が良いか考えて、師匠とのやり取りを思い出す。
言って良いのか分からないが、正解も分からない。どうせならダメ元で言ってみるか。
「――それでは恐れながら申し上げます。学園にあるという書庫。そちらの閲覧許可を頂けないでしょうか」
「学園の書庫……図書室か。ふむ、あそこの本を見たいのか?」
「はい。図書室、ですか? そこには、世にも珍しい魔術書が存在すると聞いてます。それらを読む機会を頂ければと考えております」
「何と……その若さで魔族を圧倒する実力を持ちながら、尚も研鑽を積みたいと申すか。いや、それほどの向上心を持っているからこその、今の実力というべきか。いずれにせよ素晴らしい心構えだ」
かなり好感触のようだ。これはいけるかもしれない。
「……しかし、残念ながら閲覧許可を出すことはできない」
「えっ?」
思わず聞き返してしまった。不敬に当たるだろうか。やってしまったか?
左側の男性の眉が跳ねるのが見え、焦る。が、右側の男性陣二人は気にしていない様子だった。
大丈夫かもしれない。内心、安堵のため息を吐きつつ、気持ちを入れ直す。
「学園には幾つかの決まり事がある。これは流石の儂でも簡単に覆すことができんのだが、……その中に、図書室は学園の関係者以外、閲覧不可というものがあるのだ」
「……そうですか、残念です」
俯きながら、応える。残念ではあるが、関係者以外は閲覧できない、というのは師匠からも聞いていた。予想はしていたので、そこまで落ち込みはしなかった。
まぁ、王様の態度に少し、いやかなり期待してしまったのは間違いないが。
そうすると、他の褒美か……。学園が無理なら、王城の書庫ならばどうだろう。それなら、師匠にだけ動いてもらうわけじゃなくなる。
「まぁ待て。閲覧許可を出すことはできんが、抜け道が無い訳ではない」
「……抜け道、ですか?」
しかし、俺の思考は王様の言葉で中断された。
何か、学園の図書室に入る方法があるのか?
「うむ。先程も言った通り、図書室は関係者以外、閲覧できん。……言い替えれば、関係者ならば閲覧ができる」
「……それは、まさか」
そこまで言われたら、何となくその言葉の先が読める。
冗談ですよね?と目で問いかけると、王様は大きく頷いた。
「学生として学園に通えば良い。特待生として推薦することなら儂にもできる」
こちらの目線の意図は伝わらなかったようだ。
「私は今年十一歳になったばかりにございます。学生として通うには些か早すぎると思いますが」
「お主の魔術の腕なら問題あるまい。そこらの学生など歯牙にもかけんだろう」
「……私にはそこまでの力はありませんが、例え魔術の腕があったとしても、他の学問に対する学がありません。入学試験に受かることすらできないでしょう」
「ふむ……であれば試験までの間、教師をつけよう。この城に留まり、必要な知識を身につけるが良い」
王様が提案してくる。口元は笑っているが、目が笑っていなかった。
「良い提案ですね。学園には今年からアイリスも通います。彼女も喜びますよ」
初めて、王子様っぽい男性が喋った。アイリス様を呼び捨てで呼んでいる辺り、彼女との話に出てきた兄に間違いない。やはり王子様だった。
アイリス様が喜ぶと言うが、そんな簡単な話じゃない。
学生として通うには外見的に無理がある。何しろ、今は十一歳の身なのだ。特待生として通うのにも限度があるのでは無いか。というか、平民で子供の特待生なんて、滅茶苦茶反発を生むんじゃないか?
そもそも、魔術以外の科目で合格点を取れる気がしない。師匠から学んだのは、魔術、体術、それから貴族を相手にするための話し方だけだ。特に座学に関しては、魔術以外の勉強なんかほとんどやってこなかったのだ。教師をつけてくれると言っているけど、試験に間に合う気がしない。推薦して貰っても、試験に落ちましたでは、恥ずかしすぎるし申し訳無い。
図書室を閲覧できるというのは、かなり魅力的なんだけど。
どうしよう……。
「王よ。それでは余りに失礼でしょう」
唐突に左側に立つ男性が口を開いた。王様を諌めるような口調。
それはそうだ。見た目十一の、コネも金も無い平民を特待生としてねじ込むなんて、どう考えても学園に対して失礼だ。
「む、失礼だと?」
「えぇ、カノン嬢は魔族を倒せるほどの魔術師。学園生になることは足枷にしかなりませぬ」
あれ、何か雲行きが怪しいぞ。
「であれば、どうせよと?」
「魔術課の臨時講師として推薦すれば良いかと存じます」
「ぬぅ。なるほど」
いや、なるほどではない。どう考えてもおかしい。
「お待ちください。臨時講師など、それこそ私の年齢では無理です」
思わず、口を出してしまった。
「ふむ。カノンはこう言うておるが、どうなのだ?」
「前例が無いわけではありません。過去、成人していない者で教鞭を取った者はおります」
「し、しかし。講師となると、学生になるよりも学を求められるのでは無いですか?」
「臨時講師であれば、求められるのは専門の学問のみ。魔術課であれば、魔術の技量があれば問題無いでしょう」
「うむ。であれば、カノンならば間違いなくなれるな」
俺の発言が左の男性によって、次々と論破されていく。
予想外の状況に困惑しながら右の方を見ると、メルエムが笑いを堪えていた。ぶん殴るぞ、お前。
確かに、学園の図書室には入りたい。でも、流石に臨時講師は無理がある。
いくら前例があって、魔術の腕前だけでなれるのだとしても。
……ん? あれ、もしかして、学生を目指すより、可能性があるのか?
俺が考え込んでいる間に、王様は、左の男性となおも会話を続け。
その後、俺へと向き直った。
「では、カノンよ。学生として通うか、講師として通うか。好きな方を選ぶと良い」
いつの間にか、どちらかを選ぶことが決まってしまっていた。
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