11 謁見
酷い目にあった。
修行という名の拷問により、徹底的に虐められた。ボロボロになった体を引きずりながら宿へと戻る。
師匠の家に泊まり込んでいたら、今頃動けない状態になっていたかもしれない。考えるとゾッとした。
その日は以降、何もする気がおきなくて寝て過ごした。
次の日、多少マシになった体を動かし。宿屋に付属する食堂で朝食を食べていると、マーサさんが訪ねてきた。
早速、お礼について話があるのかと思ったら、今日は違うと言われた。お礼の話をするために王城へ呼びたいから、そのための服を準備しにきたとのことだ。
何故服を? とも思ったが、俺が今着ているのは前の街で、サリィさんから貰った古着のみだ。王城に入るには流石に不味いのだろうと納得してマーサさんに付いていくと、大きな服屋さんに連れて行かれた。
「……マーサさん。何か凄い高そうなお店なんですけど」
「えぇ。こちらならカノン様に相応しい服を見繕えると確信しております」
「いや、お、私は遠慮……て、ちょっと待って!」
高級な服を売ってそうな店に、無理矢理連れ込まれる。
店員さんに服をひん剥かれ、体のあちこちのサイズを測られる。相手が女性とはいえ、体をまさぐられてかなり恥ずかしかった。
着せ替え人形のごとく、色々と試し着をさせられる。服を替える度にマーサさんと店員さんから、素敵です。だの、可愛い! だのと絶賛された。凄く恥ずかしかった。
結局、黒を基調とした儀礼用の服と、何故か普段着用の服を数着貰ってしまった。最初は断ったのだが、受け取って貰わないと私が困ると言われ、半ば強引に押し切られた。昨日のことといい、俺は押しに弱いのだろうか。
サイズは問題なかったので、簡単な手直しだけで服を受け取る。マーサさんには何度もお礼を言った。
マーサさんからはこれもお礼の一つだから、気にしないで欲しいと言われた。
王城でのお礼は明日を予定しており、朝迎えに来たいと言われ予定を確認された。予定は入ってない、というよりも予定など無いので、二つ返事で了承し、その日の準備は終了した。
☆
「――マーサさん。あの、これってどういうことなんですか?」
「カノン様にお礼を申し上げたい、という話でしたが、お忘れですか?」
「いや、覚えてますよ。でも、そのお礼で。何で王様に会うことになってるんですか!?」
王城の一室。控え室だと言われた場所で俺はマーサさんに詰め寄った。
朝、昨日よりは早く起きて礼服を着た俺は、迎えに来たマーサさんと一緒に登城した。昨日は徒歩だったが、今日は馬車での移動となり、揺られながら着いた王城にて。今いる部屋に連れられると、この後王様との謁見になると言われたのだ。
王様。もちろん、この国で一番偉い人だ。
「……カノン様。アイリス様はこの国の王女様であらせられます。つまり、その父君はこの国の国王様となります。王女様を助けて頂いた事に対して、お礼を国王様より賜わることは当然かと」
ぐうの音も出ない正論だった。
そうか。そのための礼服か……。くそっ。嵌められた。
こうなるともう覚悟を決めるしかない。
俺は緊張しながら、謁見の間へと足を踏み入れた。
控え室で教わった通りに、赤い絨毯を進む。所定の場所までくると、片膝をついて、頭を下げた。
「面を上げよ」
頭上から降ってきた声に頭を上げる。
目の前には二つの豪華な椅子。それぞれ、向かって左に恰幅の良い男性が、右に線の細い男性が座っている。その両側には二人の男性が控えていた。
恰幅の良い男性の顔には深いしわが刻まれている。線の細い男性の方は精悍な顔つきだ。元の俺と同じくらいの歳だろうか。間違いなく左側の男性が王様だろう。右側の男性は王子様だろうか。
王様はこちらを見定めるように見下ろしている。王様の左に控えて立っている壮年の男性も同様の視線を送ってきていた。
対して王子様と思われる男性と、その右に控えて立っている中年の男性は驚きの表情を浮かべていた。中年の男性については師匠が着ているものと同じローブを羽織っているから、こちらは魔術師のようだ。護衛か何かだろうか。
「お主が魔族を倒した少女か?」
「……はい。カノンと申します」
「うむ。想像以上に若いな」
王様が話す。正直、どう対応して良いのか分からない。不敬と思われないためにはどうすれば良いのか。
悩みながら、言葉を返す。
「まずは魔族を倒してくれたことに礼を言おう」
「勿体なきお言葉です」
「何でも、カリストが驚く程の魔術を使ったとか?」
「……私が使用したのは上級魔術のみにございます。魔術師団の方ならば苦労せず使えるでしょう」
本当は固有スキルも使って同時詠唱を行っているのだが、それは言わなかった。
俺の言葉に左に立つ人が感心したような顔をする。王様は考え込む仕草をした後、右に立つ人へと話しかけた。
「ふむ。……だそうだが、どうなのだ? メルエム」
「確かに我が団員ならば労せず使えるでしょうな。しかし、それは何年もの研鑽を積んできているからです」
「何が言いたい?」
「彼女は見たところ十歳前後とお見受けする。それほど幼くして上級魔術を使える者など、私は知りませぬ」
「師団長のお主をしてそう言わせしめるか。ならばカノンは天才ということか?」
「もし、上級魔術を使ったというのが本当であれば、私の感覚で言わせて貰えば、化け物ですね。かつて神童と呼ばれた、近衛師団のミリアム・トッドですら上級魔術を扱えるようになったのは成人になる少し前、確か十四歳頃のはずです。この者は魔族だと言われた方が、まだ納得できます」
メルエムと呼ばれた男は魔術師団の師団長らしい。やはり、護衛なのだろう。本人を前にして化け物とは何とも失礼な話だ。しかも魔族の方が納得できるなんて。王様が勘違いしたらどうしてくれる。
だが、メルエムの意見は分からないでもなかった。
十歳で上級魔術が使える人間なんて俺も聞いたことがない。俺の場合、中身はとうの昔に成人しているので完全にズルなだけだ。思いがけず師匠の名前が出たことには驚いたが、それ以上に、十四歳頃には上級魔術が使えたという話が凄すぎる。あの人こそ化け物だな。
「なるほど、ミリアムを超えるほどの才能か。お主、一体どこで、それ程の魔術を学んだ?」
そのミリアムに学んだと答えると、後でアイリス様との話に齟齬が生じても困る。
ここは馬車の中で話した説明をそのまま使おう。
「エルヴェ、という冒険者に師事致しました」
「ぬ、そうか……」
エルヴェの名を出した途端に、今度は全員が驚きの表情を浮かべた。
馬車の中での会話から、エルヴェの知名度がそこそこあることを知っていたので、この反応は半ば予想していた。
「エルヴェか……話は聞いておる。惜しい冒険者を亡くしたものだ」
しかし、続く王様の言葉に驚く。エルヴェのことはソロ冒険者として知られているのだと思っていた。まさか、その後の動向も知っているとは。勇者絡みで聞いたのだろうか。
「そうすると、今は魔術師の師はいないのか?」
「――いえ、今はミリアム様の元で魔術の腕を磨いております」
「ミリアムだと! ミリアム・トッドか?」
「はい。先程、お二方の話に出ていた、ミリアム・トッド様です」
「……そうか、それなら問題はないか」
今は師がいないのかという質問には、一瞬迷ったが本当のことを伝えた。すると、三人は殊更に驚いた。最後、何か独り言を呟いていたが、下手なことを言って不敬になっても嫌なので黙っている。
何事か、考えだした王様に左の人が耳打ちする。王様が頷いた。
「さて、カノンよ。私は一国の王として、魔族を討伐してくれたお主に褒美を出そうと考えている」
「――私には過分なお言葉にございます」
ん? 娘を助けてくれたお礼じゃないのか。
「そう言うな。魔族を放置すれば国の安全を揺るがすことに繋がりかねん。その感謝の気持ちとして受け取ってくれれば良い」
「……ありがたきお言葉にございます」
「で、だ。どのような褒美が望ましいか考えたのだが、若き少女に対する相応しい報奨が思いつかなくてな。……カノンよ、何が欲しい? 金でも、名誉でも、好きなものを申せ」
そう尋ねてきた王様は、俺を試すように見下ろしていた。




