09 師匠との再会
結局、王都に着くまでの間、俺は延々アイリス様と話していた。
アイリス様はもうすぐ王立学園に通うだの。王都のどこそこの店が興味あるだの。マーサさんとは物心ついた時からの関係で姉のような存在だの。
よくもまあ、これだけ話して話題が尽きないものだと驚いた。
女性は会話が好きな人が多いと聞いたことがあるが、身を持ってそれを体感した。
俺は話すことがあまり得意じゃないので、正直精神的に疲れた旅だった。
まあ、それでも移動が楽だったし。食事も貰えたので文句は付けられないのだが。
俺が同行してからは、新たに魔物と遭遇することもなく、王都に着くことができた。
正門を抜けた後、王城に連れて行かれそうになったので、そこは遠慮させて貰った。代わりに宿屋を紹介して欲しいとお願いする。
それならば後日、助けたお礼をする時に連絡が取れるよう、暫くの間はその宿屋を利用することを約束させられた。
宿屋の場所を尋ねると、マーサさんが案内してくれるとのことで、一緒に宿屋へ向かう。着いた所はかなり豪華で、尻込みした。でかい屋敷のような外観。中に入ると受付前に絨毯が敷かれている。見える範囲だけでも、やたらと高そうな装飾がある。
おそらく貴族や名のある商人が利用するような所なのだろう。こんな所に泊まれないと言うと、小さい女の子一人を安宿には泊まらせられないと返され。金が無いと言うと、護衛の報酬としてこちらが持つと言われた。
最終的には、ここに泊まってくれないと私が後で折檻されてしまうと言われてしまい、俺が折れることとなった。
その後はマーサさんが宿屋の主人と話し、何らかのやり取りを行った後、王城へと帰って行った。主人に尋ねると、俺からは一切金は取らないこと、そして王城から連絡があるまでは泊まり続けることで話がついていると教えてくれた。決して身なりが良いわけではない俺が何故特別扱いされているのか、不思議に思っているのだろうが、そこは高級な宿屋だ。何も尋ねてくることなく対応してくれる。
案内された部屋もまた豪華だった。高そうな家具。高そうな装飾。ベッドに乗ってみると、反発で体が跳ねて、ちょっと楽しかった。
いったい、一泊いくらぐらいするんだろう。考えるのが怖い。
セキュリティもしっかりしているとの事なので、荷物をそのまま部屋に置き宿屋を出た。
王都に来た目的を達成するため、住民街へと向かう。
王都は北に王城があり、そこから南に向かって放射状に貴族達が暮らす貴族街。商業区。住民街が立ち並ぶ。
俺が泊まる宿屋は商業区と貴族街の間にある。この辺りは人通りが少なく、馬車の方が多いぐらいだ。
しかし商業区に入り、進むに連れ人通りは増していき、区域の中心に来る頃には通りはどこも賑わいを見せるようなった。
王都の人の多さに目が眩みつつも歩き続け、そのまま住民街に入る。この辺りは人混みこそないものの、やはり歩行者しかいない。
やがて一軒の家の前に着く。周りの民家と同じく、漆喰で固められた壁。四、五人程度の家族で暮らすような大きさの家だが、増えていなければここの住人は二人だけだ。
貴族の出ながら、貴族街に住むのは肩が凝るというだけの理由で、平民が住む住民街で暮らす変わり者。そんな師匠の見慣れた家。
ノッカーを鳴らす。暫く待つと、ドアが開いた。
「はーい、どなたでしょうか?」
「あ、えっと。カノンと言います。エルヴェ……さんの紹介でミリアム様に挨拶に来ました」
出迎えてくれた人物は給仕服を着た、女盛りの女性だった。
長い茶髪を後ろで団子状に括ったその人――アイシャさんは、家事ができない師匠の身の回りを一人で世話している。俺も昔、一緒に住んでいた時はお世話になっていた。懐かしい、変わらないその姿に、思わず名前を呼びそうになったが、何とかこらえた。
用意していた口上を述べると、アイシャさんは手で口を押さえあらあらと言い、家に上げてくれた。
何の連絡も無しに、突然現れた俺はどう見ても不審者なのだが。今の俺の見た目が幸いしてか、あまり怪しまれてはいないようだ。この姿であることが初めて役に立った気がする。……まあ、この姿にならなければ、こんな状況にはなっていないのだけど。
客間に通され、お茶を入れてくれた。お礼を言うと、アイシャさんは微笑んで師匠を呼びに言ってくれた。良かった、留守では無かったみたいだ。
暫く待つと、扉が開いた。
「エルヴェの紹介で来たというのは君か……うん?」
黒のローブに身を包み、腰まで届く銀髪。暗い室内で目立つ程、白い肌。美人だが、しかし気だるげな表情と髪に寝癖がついていることで、その評価は差し引きゼロとなる。
俺に魔術を教えてくれた師匠――ミリアム・トッドがそこにいた。
☆
「――それで。パーティからも追い出されて、行く宛も無くなってしまったから、私を頼ったと」
「――はい」
客間にて。椅子に座り、師匠と向かい合った俺は事情を説明した。話が長くなったため、口の中が乾いている。喉を湿らそうと、机上に置いたお茶を一口飲む。
師匠はと言えば、難しい顔をして考え込んでいる。緊張しながら、師匠の言葉を待つ。
「……俄には信じられないね」
「……やっぱり、師匠でも知らないような魔術なんですね」
やがて、口を開いた師匠も信じ難いと告げた。俺が知る限り、師匠以上に魔術に詳しい人は他にいない。その師匠が信じられないと言う以上、反転の魔術はやはり非常に稀なものなのだろう。
「うん。そうだね……とりあえず反転の魔術は置いておいて、まずは前提の確認が必要だ」
「前提……ですか?」
「あぁ、君がエルヴェ本人であるかどうか、の確認だよ」
師匠の言うことは正しい。俺はエルヴェとしてのこれまでの行動を伝えたが、それだけでは聞いた事をそのまま口に出した、騙りの可能性を否定できない。
と言うか、反転の魔術のことを信じるより、俺が嘘をついてる、と考える方が自然だろう。
「……どうすれば信じてくれますか?」
「簡単だよ。本人かどうかを確かめる方法など、古来より決まっている。――本人と私しか知らないことを確認すればいい」
そう言うと、師匠が立ち上がる。何かを行う気配を感じ、俺も立ち上がる。
俺と師匠しか知らないこと。
修行の再現か?それとも黒歴史を暴露するか?
できれば黒歴史の暴露は避けたいけど……。
緊張しながら、師匠の行動を待つ。
師匠は静かに俺に近づくと。おもむろに俺を抱きしめた。
「えっ? ちょっ、ししょ……何、」
身長差があるので師匠の柔らかな膨らみが俺の顔に当たる。柔らかい弾力に顔を押し付けられ、呼吸ができない。普段はローブを身につけているから分からなかったが、意外とおおき……じゃなくて!
「く、ぷはっ。……何するんですか!?」
俺は藻掻き、何とか拘束から逃れると師匠へと訴えた。頬が凄く熱い。
今は自分より背が高い師匠を睨み上げると、師匠は小さく頷いた。
「うん、可愛いな」
「師匠!?」
「何だ? エルヴェのことは、良くこうやって抱き締めていたはずなんだが……君は偽物か?」
「いや。そんな事実無いですから!」
師匠による捏造。まさか、師匠が偽物か?
「ふむ。よし、一緒に風呂に入ろう。昔も入ってただろう?」
「入ってませんし、入りません!」
「……今晩は久しぶりに、一緒に寝ようじゃないか」
「一緒に寝たことなんか一度も無かったですよね?」
師匠からデタラメな発言が出る度に、全て否定していく。
何故か師匠がどんどん不機嫌になっていく。
「……ぬう。師匠の言うことは、少しは聞くものだぞ」
しまいには不貞腐れたように愚痴りだした。
「はぁ……もう少し真面目にやって下さいよ。これじゃあ、いつまで経っても確認にならないじゃないですか」
「確認って何をだ?」
「えぇ!? 俺がエルヴェ本人か確認するって言ったじゃないですか!」
師匠の言葉に仰天する。ついさっき自分が言ったことを忘れないで欲しい。
「こら。今の君は女の子なんだから俺なんて言葉は使うな」
「うっ、すみません……て、そう言うこと話してる場合じゃないでしょ」
「ん? ……あぁ、君がエルヴェ本人かどうかか。そんなの本人に決まってるだろ。確認するまでもない」
師匠の言葉にコケそうになる。
いや、あなたが確認するって言ったのに……。でも、なんで俺がエルヴェだと確信できているんだろう。
感じた疑問をそのまま尋ねてみることにした。
「何で確認するまでもなく、おれ……わ、私がエルヴェだって分かったんですか?」
「簡単だよ。君の魔力の波長とエルヴェの魔力の波長が一緒だからだ」
返ってきた答えは師匠の固有スキルによるものという内容だった。
師匠には魔力が色づいて見えるらしい。通常、魔力は感覚としてしか、その存在を認識できない。しかし、師匠にはそれが目に見えるため、例えば人がどれだけ魔力を秘めているかや、その場にどんな魔力が残留しているか。それらが全て分かるのだとか。それを師匠は魔力の波長が見えると表現していた。
そういえば昔、人によって波長が違うと言っていた気がする。俺の魔力の波長、覚えててくれたんだ。
ちょっと嬉しくなり。師匠の言葉に納得しかけ、そして気づいた。
「……てことは師匠。初めから私がエルヴェだって分かってたんですよね。何で確認しようとしたんですか?」
「決まっている。確認と称して、可愛くなった弟子を愛でるためだよ」
真顔で言ってのけた師匠に、俺は大きくため息を吐くのだった。




