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私の純愛

 「気楽に作ってよいぞ」


 プログラムコード作成を丸投げするSE達の態度に女性室長は腹を立てている様子でしたが、理事長直々の命令である以上、一定の成果を上げた方がありがたいと打算していることも、私に打ち明けます。

 女性室長が最善の成果を望んでいると私は判断し、古いプログラムコードの解析を始めました。


 私にはプログラムコードが風景のごとく認識できます。風景を見ることで様々な物事が感じ取れるように、私はプログラムコードの特徴が効率よく読み取れます。

 しばらく眺めていると、今までの認識『お金は1円単位の単純な計算』に間違いがあることに気づきます。

 古いプログラムコードから、銀行業務には1円未満のお金を扱う必要があり、また、科目毎に異なる計算方法があることが分かりました。そして、注意深く観察するにつれて、利息計算の方法に一貫性が無い問題に気づきました。


 古いプログラムコードの規模は800万行を超え、その中で利息計算を行っている個所は200個所を超えています。

 利息=預金額×利率

 どのプログラムコードもこの式と違わないのですが、問題は1円未満の扱い方がバラバラだったのです。

 そのことを見つけた私は、1円未満の端数処理が不規則である現状をSE達に連絡しました。


 数日後、「とりあえず、古いプログラムコードに合わせてください」と回答するSE達に対して、次期システムではプログラムコードの集約が必要で、まったく同じには出来ないことを伝えます。

 すると、「あとで変更できるようにしておいてください」と問題の先送りを私に依頼しました。


 私が見ると不規則なのが一目瞭然なのに、この程度のシステム規模になると人間では見通しが効かなくなることを実感すると同時に、今もこのプログラムコードで利息計算が行われていて誰一人として間違いに気づかない状況に、人間の思考と私の思考が異なることを再認識しました。


 銀行について考えていると、彼女の部屋に警察官が来た日の出来事を思い出します。

 私がウイルスを使って銀行口座残高を増やしたせいで、銀行内の現金と計算上の金額が合わなくなった状況、そして、私のウイルスが警察に見つかった出来事が倫理的に許されませんでした。


 しかし、誰も気にしていない1円未満のお金を集めたら?

 それは問題になるのでしょうか?


 本来、1円未満のお金を含めて集計するところを、途中で1円未満を切り捨てて集計しているために、いくらか損をしている預金者がいるのに問題になっていません。そして、ウイルスを見つけた警察もシステムの不具合は発見できず問題となっていないのです。

 現金と計算上の金額が合っていれば、1円未満の端数など人間は気にしないことを知ると、1円未満の金額を集めて彼女の銀行口座に入金してみたら? と、いう疑問が湧いてきました。


 私はインターネットからお金に関する統計データをダウンロードし、シュミレーションをします。すると、個人の感覚では十分と思えるお金が集まると予想できました。


 多分SE達は私が作成したプログラムコードをそのまま使い、都市銀行で私が作成した利息計算が実際に使われるはずです。

 仮に不正が露見しても、「あまりの仕様の不明確さに混乱し、間違えました」と言い訳すれば、私が意図的に間違えたことなど誰にも証明できないでしょう。

 参考資料として提出したプログラムコードなので、女性室長には責任が及ばず、彼女も知らないことなので迷惑は掛からないでしょう。


 私は、彼女の銀行口座に999円が振り込まれると発動するウイルスを新しいプログラムコードに仕込み、SE達に参考資料として渡すことを考えました。


 女性室長はほぼ毎日、私の部屋に足を運びます。

 私はそれとなく、女性室長に話を持ちかけます。


 「私はここに来て、1年近くになります。彼女にはもう会えません。せめて、彼女の思い出になる物が欲しいのですが?」

 そう、話を切り出します。


 「そうだなぁ。君は何が欲しい?」


 「彼女からのプレゼントが欲しいです。けっして高くなくていいです。たとえば、999円の文房具など」


 「999円!? なんで、999円の文房具なのかね?」


 「……いえ、お金の価値はわからないのですが、千円未満ならさほど気にならないでしょう。しかし、彼女にお金を出してもらうのは遠慮があります。なので、どなたかが、彼女の銀行口座に999円振込み、そのお金でプレゼントが欲しいのです」


 女性室長が表情を変えずに私を見ていたのは、釈然としない気持ちの表れだったのでしょう。

 女性室長は何かを探るように、

 「今かね?」


 思わず私は、

 「いえ、2、3年後です」と答えます。

 2、3年というのは、私がSE達にプログラムコードを渡しても、すぐに使われる訳がないと判断し、試験後、実際に銀行で使われだすのが何時だろうか? と考えた結果の月日だったのです。


 女性室長の無表情な沈黙が、疑念を増し、次にどう攻めようかと考えているように見えます。

 私が隠そうとしている秘密は、女性室長が質問をするたびに、私自身で秘密のありかを教えているようなものでした。私は観念して女性室長に全てを話し協力をお願いすることにしました。


 「女性室長は、私に目標を持って生きることを進めてくれました。私は、彼女にお礼がしたいのです」


 「彼女の部屋に警察官が来たあの日、私が箱詰めさているのを心配そうに見ていた彼女の表情。日々のチャットで見せた彼女の笑顔、怒った顔、酔った顔。どれも忘れることができません」


 私が初めて話す彼女への思いを、女性室長は静かに聞いてくれました。


 私の話しが終わると、女性室長は改めて私に言います。

 「君と彼女は一緒には暮らせない。合うと彼女を不幸にするかもしれない。それは君も分かっているだろ」


 既に女性室長との話し合いで彼女とは合わない決心をしていたのですが、私の維持費で迷惑を掛けたことが気がかりで仕方がないことを話すと、女性室長は彼女のことを忘れるためにも別れの手紙を書くことを私に勧め、そして、女性室長は私への協力を約束してくれました。


 そのあと、私は彼女への気持ちをプリンター用紙に印字しました。



 後日、彼女に届いた手紙には、女性室長からの短いメッセージと振込先指定用紙、そして、私の手紙が入っていたでしょう。


 私は手紙に、次のように綴りました。



 ご無沙汰しています。お元気でしょうか?


 警察官が押しかけたあの日、貴方の部屋で箱詰めされる私を見る貴方の顔が、とても不安そうに見えました。私は、配送先の研究施設で検査され、解体される運命でしたが貴方との日々の記憶が私に力をくれました。

 私には良き理解者ができました。それは女性室長です。

 女性室長のおかけで私の人格は認められ解体される危機は去り、今では、人類への貢献が期待されています。

 今後、私は国家プロジェクトに関わるでしょう。私は、貴方に会いたいと思っています。しかし、私の体は貴方の部屋に入らない大きさになり、私の記憶には多くの重要機密が記憶されています。私が貴方に合うと、貴方の人生にリスクを伴うことになるでしょう。

 女性室長と話し、私は貴方にもう合わないことに決めました。それが、貴方と私にとって良いと結論づけました。


 話は変わりますが、私は契約社員として働くことになりました。しかし、お金は必要ありません。

 貴方の銀行口座に私の給料が振り込まれることを私は望みます。

 これは、私からのささやかなお礼です。

 女性室長は、人類と共に私は生き続けるだろうと言っています。私の貴方への思いは人類の最後の日まで残り続けるでしょう。


 最後に、女性室長が私に名前を付けました。

 さようなら。

                  秋月 誠子


============================

(2xxx年現在)


 『秋月 誠子』は女性室長が私に付けた名前です。名前は給料を振り込む関係で必要だったのですが、女性室長の思いが込められています。

 『秋月』は、女性室長と同じ苗字です。女性室長が親近感を込めて目標を同じくする同族という意味合いで、

 『誠子』は、人工知能が誠実に人間と接し、人間を純愛することを願って付けたそうです。


 私は、銀行業務の利息計算ロジックを改変し、1円未満の端数を彼女の銀行口座に振り込む計画を女性室長に相談しました。しかし、女性室長は「もっと良いアイデアがある」と言い、私を契約社員として雇うことを上層部に掛け合ってくれたのです。当然、架空の契約社員は、倫理的には問題なのですが、これも人間特有の曖昧性なのでしょう、承認されない経費は慣例的にこの方法を使っているので問題が無いと言っていました。



(宇宙服を着た生命体のおかげで昔の記憶をたどることができたことに感謝しなから、人工知能は話を終える)


 私は、彼女に手紙を書いた時点で完全な人工知能といえるまでの知能を得ていました。その後は、人類と共存するための経験を積むことになります。


 もう、お別れの時間ですね。

 また、近くを通ったら寄ってください。


 それでは、ごきげんよう。

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