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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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9 脱走は淑女の嗜みですわ

 

 案内を終えて部屋に戻ったリリナは、豪華なソファに腰を下ろし、深く、深く息を吐いた。


「……落ち着いた……」


 そう言葉にしてみても、胸の中ではさっきの出来事がまだ渋滞している。


 ユーヴェハイドは不在。

 護衛は廊下に、侍女は別室にいる。


(……今なら逃げられるかもしれない)


 その考えが浮かんだ瞬間、リリナはソファから跳ね起きた。


「……よし」


 誰に聞かせるでもない決意の声。


 次の瞬間、リリナは全速力でドアへ走ったが、すぐに止まる。


 廊下には護衛。即捕獲コース。

 代わりに視線が吸い寄せられたのは、大きな窓。


(この高さなら……いける。……多分)


 リリナは踏み台代わりにクッションを床に積み、窓を開けた。


 冷たい風が頬をかすめる。

 下は花壇。土。柔らかそう。死にはしない。ただの願望だが。


「よし……行ける……私は自由……!」


 覚悟を決めて身を乗り出したその瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。


「ちょ、ちょちょちょ!!ちょーーーーっと待ったァァァ!!」


 背中をぐいっと引き戻され、リリナは床に尻もちをつく。


「ひゃあっ!?」


 そのまま背中から抱えられた形になり、振り返る。

 そこにいたのはシルバーだった。


「いやいやいや!!飛ぶな!!何その勇気!?本当に生身の令嬢!?怖すぎる!!何やってんの!?」


 「脱走は淑女の嗜みですわ……」


 「そんな嗜み聞いた事ねーよ!」


 そう叫ぶシルバーの横でエルドが疲れたようにため息をつく。


「……本当にこうなるとは。殿下の予想通りですね」


 リリナは硬直したまま絞り出すように尋ねた。


「……え、待って……知ってたの……?」


 シルバーは頭を抱え、低い声を真似て答える。


「“リリナが逃げようとしたらこう言え”って言われてたんだよ。『諦めろ』って」


「ひぃぃぃぃ!!」


 涙目になるリリナ。

 怖い。怖いのに、推しからの熱烈な供給で余計に心が忙しい。

 そんな中、エルドが静かに口を開いた。


「……それと、殿下からもう一つ伝言があります」


「な、なに……?」


「“逃げてもいい。ただし、俺が必ず見つける。”」


 リリナはクッションに顔を埋めた。


「こわい……こわい……!」


 シルバーがぽんぽんと背中を叩き、気まずそうに笑う。


「で、本題なんだけどさぁ?」


 空気が変わった。


「俺たち、殿下から聞いてる。……リリナ様が“別の世界の人”だってこと」


 リリナは瞬きし、二人を見る。

 エルドが続けた。


「帰りたい気持ちがあることも、理解しています」


 シルバーも言葉を慎重に選びながら言った。


「やっぱ、殿下が怖い?」


 沈黙。

 リリナは視線を落とし、ぽつりと零した。


「……ユーヴェハイド様が怖いわけではありません」


 二人の眉がわずかに動く。


「この世界は、私が元いた世界にあった……ゲームの世界なんです」


 シルバーとエルドの視線が鋭くなる。


「私は知ってる。この“リリナ・グレイランジュ”は、ユーヴェハイド様に近づくほど……死に近づく設定なんです」


 空気が張り詰めた。


「ゲームの中でリリナは、ユーヴェハイド様を想って暴走して……どの選択肢でも死ぬ運命で終わる」


 リリナは唇を噛む。


「だから、好きになってはいけない。死にたくない。でも──」


 声が震える。


「ユーヴェハイド様は特別で、推しで……画面越しにずっと好きだった人で……」


 喉が詰まり、涙が滲む。


「表情も声も、怒った顔も笑った顔も……全部知ってる。全部好き。でも恋じゃない。恋になったら……もっと苦しくなる」


 呼吸が震える。


「これ以上近くにいたら……死んでもいいって思うくらい、欲しくなってしまう……」


 言葉はそこで途切れた。


 沈黙のあと、シルバーが苦笑しながら言う。


「……そりゃ逃げるわ」


 エルドが柔らかく言葉を重ねる。


「でも、安心してください」


 二人はリリナの前で膝をついた。


「殿下は最強だ。そして殿下が認めた俺たちがいる。だから、」

 シルバーが真剣な声で続ける。


「リリナ様は、どれだけ殿下を好きになってもいい」


 エルドも真っ直ぐな瞳で言った。


「あなたは死にません。……俺たちが絶対に守る」


 リリナの胸に、じわりと温かさが広がっていく。

 逃げる理由が──ひとつ消えた。

 その瞬間、扉が静かに開いた。


「………………は?」


 ユーヴェハイドが立っていた。

 剣に手を添え、険しい表情。空気が冷え込む。

 リリナは視線を護衛二人へ向ける。

 シルバーとエルドの血の気が引いていく。


「……お前たちが泣かせたのか」


 低く鋭い声。

 二人は弁解しなかった。リリナの心を守るために。

 それが、ユーヴェハイドの誤解を確信へ変える。


 剣が抜かれる寸前──


「ユヴィ様!!!二人は関係ありません!!」


 リリナがとっさに抱きついた。


 シルバーとエルドがぽかんと固まる。

 殺気が溶け、ユーヴェハイドは瞬きした。

 そして──小さく、呟くように問い返す。


「…………今の呼び方は、俺のことか?」


 リリナは固まった。


(……あ、やった)


「ままままま間違いです!!忘れてください!!ほんとに!!」


 顔を真っ赤にしたまま、リリナは逃げ出した。

 ユーヴェハイドはしばらく沈黙したあと──楽しそうに低く笑う。


「……下がれ」


 それだけ告げ、狩人のように上機嫌でリリナのあとを追った。


 ✼ ✼ ✼


 胸を押さえ、息を整えながら走る。


(どこか隠れられる場所……)


 視線が止まったのは──ゲームで一度だけ登場した場所。

 ユーヴェハイドが幼少期に秘密基地として使っていた庭園の片隅。


 その茂みに身を潜め、涙を拭う。


(……死ぬのは怖い。でも好きになりたくないと思えば思うほど……好きになりそう)


 胸の奥で、抑えきれない感情が膨らんでいく。

 そのとき──静かに草を踏む足音。


「……本当に、なんでも知ってるんだな」


 ユーヴェハイドの声が、静寂に落ちる。

 リリナの心臓が跳ねた。

 逃げられない。もうどこにも。

 そう悟った。


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